#5 酔い待ちの水曜日

9/26
前へ
/280ページ
次へ
 ──なんて、思っていたんだけど。 「その……悪いな。結局、手伝ってもらって」 「ううん、それより」  これから、どうする?臙脂色のネクタイを鬱陶しそうに解き、ビジネスバッグに突っ込む姿に問いかける。東はため息をつきながら腕時計を見て、「悪い」ともう一度言った。 「今日はやめておこうか?こんな時間になっちゃったし」  やや遠くに見えるテレビ塔のデジタル時計には、「21:05」と表示されている。  東は19時過ぎに外勤から戻った間中ちゃんの原稿をチェックし、わたしはその間に、向井くんが作った差し替え原稿のチェックと校正をした。  それからホームページと誌面への掲載準備をして、ついでに、明日訪問する企業に提示する資料を整えて……あっという間にこの時間になっていた、というわけだ。 「そう、だな……」  大通駅に続く階段を下り、東西線のホームに向かう。約束が延期になっても、あと15分は一緒にいられる。 「無理に定時上がりしなくてよかったじゃん。わたしたちが先に帰ったら、間中ちゃん、可哀想だったよ」 「そう、だよな」  さすがに疲れたのか、二重瞼がぼんやりと眠たげだ。タイミングよく滑り込んできた地下鉄に乗り込むと、別世界のような涼しさに生き返った心地がした。  ──仕方、ないよね。いくらノー残業デーだって、仕事は待ってくれないもん。  隣に座る東から、微かなシトラスと汗の匂い。それだけで幸せな気分になる。頑張ったのは無駄にならなかったな、なんて思う。  次の約束があるのなら、一緒に買ったネイビーのタイトスカートを履いてみよう。ふくらはぎの真ん中まで隠れる長さなら、脚を出すのも怖くない。平らなお尻はともかくとして。 「高瀬、あのさ」 「うん」 「……いや、なんでもない。家まで送るわ」  いいよ、まだ時間早いし、と言いかけた口を閉じた。一緒にいられる時間が10分延びるということだ。今日はお酒が入っていないから、前みたいなこと(・・・・・・・)にはならないだろうし。  ──そもそも今日って、どうして約束してたんだっけ。  そうだ。また来週にでも、って言われたからだ。どうせ忘れているだろうと思っていたのに、東がしっかり覚えていたから。  ──じゃあ、セックスを教える、っていう話も、有効?  すぐ隣にいる存在を意識して、急に身体の内側が熱くなってきた。東は今日、あれ以上のことをする気があったのだろうか。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12606人が本棚に入れています
本棚に追加