#5 酔い待ちの水曜日

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──Side 隆平 「えっと……じゃあ、また明日」 「ああ」  なんとか話を引き延ばせないか。そう考えてしまったのはなぜだろう。さっさと帰ってニュースでも見ながら缶ビールを飲んで、明日に備えたほうがいいのは分かっているのに。 「東、帰らないの?」 「うるせえな、いま帰るんだよ。どこのコンビニ寄ろうか考えてんだよ」 「……あ、そう」  どうして俺は、高瀬を前にするとふた言目には「うるせえ」と出てしまうのか。彼女の呆れ顔から目を逸らして、だいぶへたれて(・・・・)きた髪をがしがしと掻いた。  この道をふたりで歩いたのは二度目だ。おかげで、高瀬の住むマンションを覚えてしまった。前はほぼ会話がなかったけれど、今夜はぽつりぽつりと仕事の話をした。 「……コンビニで、なに買ってくの?」  妙な沈黙が数十秒、破ったのは高瀬のほうだった。「ビールと、飯と……タバコ」。そう答えると、途端に苦々しい表情を浮かべる。 「東、ついに本物の喫煙者になったの?やめときなよ、値上がりしてるし身体に悪いし、いいことないよ」 「うるせえな」 「うるせえうるせえって、一番うるさいのは東……」  言い合いになりそうな気配を壊したのは、実家の親父のいびきを彷彿とさせるようなシュールな音だった。人通りも車通りもほとんどないせいか、これがまた、よく響く。 「……お腹、空いた、よね」  意外にも高瀬は笑わなかった。それどころか、難しい顔をして当たり前のことを問い掛けてくる。 「そりゃ、まあ。間中が買ってきたお菓子しか食ってないからな」 「そうだよ、ね……」  再び訪れた沈黙に、いまさらながらに恥ずかしさが込み上げてきた。いい歳して盛大に腹を鳴らすって、めちゃくちゃ恥ずかしくないか?しかもなぜ、よりによってこいつの前で。
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