#5 酔い待ちの水曜日

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──Side 隆平 「東……あの、えっと、その」 「そういう場つなぎ表現は、クライアントの前ではやめろよ」 「やってないし。……じゃ、なくて。だから」  高瀬が、肩に掛けたバッグの持ち手を両手でぎゅっと掴む。俯いているが、唇を噛んだり離したりしているのが見えた。 「なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ」 「うちで、飲まない?」  顔を上げた瞬間にばっちり目が合う。そのときの高瀬の表情を、可愛い、なんて思ってしまったせいだろうか。俺はほぼ反射的に頷いてしまっていた。 「えっ」 「どうして言った本人が驚いてんだよ」 「だって」  あ、また俯いた。こうして見るとやっぱり、綺麗、なのかもしれない。服装も、いつもとは雰囲気が違って女っぽいっていうか──。 「明日も仕事だから、ちょっとだけ!」 「うわっ、急になんだよ」 「ビール2本でおしまいにしよ。そしたら、1時間でお開きにできるし」  高瀬はペラペラと不自然なくらいに明るい声で捲し立てると、くるっと踵を返す。  「……最初から、さっさと帰すこと前提かよ」  変な汗が脇の下を濡らしていく。自慢じゃないけど、女の家には上がり慣れてる。目的はいつもひとつ(・・・)だ。  帰らないで、と言われることはあっても、1時間で帰れ、と言われたことはない。処女はこれだから困る。男を家に上げるっていうのがどういうことなのか、知らないのか? 「なんで突っ立ってるの。早く、来てよ」  うまく笑えていない微妙な表情で振り向いた彼女を、危うく腕の中に収めてしまうところだった。  なぜなら、俺がいままで見たどの高瀬よりも可愛かったから。セックスどころかキスもしていないのに胸が苦しくなるなんて、いったい何年ぶりのことだろう。
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