#5 酔い待ちの水曜日

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 言ってしまった。やってしまった。こんな状況、1ヶ月前の自分に言っても信じてもらえる?ううん、絶対に信じてもらえない。 「おまえ、こういうの好きなの?」  ソファーに腰を下ろした東が手に取ったのは、テーブルに置きっぱなしにしていたマンガだ。少しドジな新卒OLの女の子が、10歳上の上司に見初められて猛アタックされた末に付き合うという、超がつくほどの夢物語。 「やだ、見ないでよ。触らないで」 「ふうん、意外と女子っぽいとこあんじゃん」 「うるさいってば」  素早くそれを引ったくり、寝室のベッドの上に放り投げておく。再びリビングに戻ると東の匂いが鼻をついて、このありえない状況が現実だということを実感した。  ──ビールの6缶ケース、冷やしておいてよかった。あとは……。 「おつまみ、残りものと作り置きばかりなんだけど」  キッチンから声をかけると、スマホに目を落としていた東の動きが止まった。数秒後に「……手作り?」と困惑を滲ませたような声が返ってくる。 「あ、嫌なら近くにコンビニあるから」 「いや、違くて」  また動きが止まる。ちょっと浅はかだったかな。他人の作ったものが苦手だ、という人は少なからず存在する。ましてや、家族でも恋人でもない、ただの同僚の手作り料理なんて。 「ごめん、気にしないで。悪いけど、適当に買って……」 「だから、違くて。その、それって……俺が食って、いいのかよ」 「え?いい、でしょ。普通に」  いったいなにを気にしているのか知らないけれど、食べる、ということでいいんだろうか。冷蔵庫からタッパーとビールを出し、なんとなく丸まっている広い背中を見つめた。  ──こんなことになるのなら、もっと可愛い料理を練習しておけばよかった。  タッパーの中身を思い出してため息をつく。これではまるで、実家のお母さんの作り置きかおばあちゃんちの食卓だ。  茉以子はいつも褒めてくれるけど、わたしの料理って、全然恋愛向きじゃないよ。もっとおしゃれな、カタカナのものはうちになかっただろうか。……だめだ。チーズしかない。パスタすら切らしている。つくづく、女子失格だ。
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