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「こいつならやれる、って期待されて昇進したんでしょ。東が努力してるのも頼もしくなってるのも、みんな知ってるよ」
「そりゃ、努力するに決まってんだろ。いままで真面目にやってこなかったツケが回ってきたっつうか、周りに遅れを取ってるっつうか」
「自分の悪いところ、ちゃんと分かってるのって強いと思うよ。かなり成長したよね。偉い偉い」
「なんだよその言い方。俺のほうが上司なんだっての」
むっと唇を尖らせた東と目が合って、ほぼ同時に吹き出した。先週もこんなことがあった気がする。ビールばかり飲んでいた、薄暗いバーで。
「おまえと話してたらどうでも良くなった。つうか、愚痴る上司ってキモいよな」
「キモくは、ないけど」
「いや、キモい。俺の目指す理想の上司像とはかけ離れてる」
「東にも理想の上司像なんてあるんだ」
「うるせえぞ」
またうるせえって言った。だけど、いまの「うるせえ」は、そんなに悪くないかも。
「うますぎて腹が立ってきた」と箸を進める東に、またきゅんとする。
相変わらず料理ばかりに手が伸びて、お酒はあまり進んでいないようだ。思ったよりも口に合った、らしい。
──よく考えてみたら、自分の好きな人に手料理を振る舞っている状況って……なんだか……。
残業終わりのこんな時間、部屋にふたりきり。テレビをつけていないせいで、話していないと間が持たない。
──ていうか、部屋、暑くない?
しまった。エアコンのリモコンは本棚の上だ。取りに行こうかな。ついでに、テレビもつけてしまおうか。
「そういえば、SANOさんの原稿、直し入ったんだって?いつ連絡来たんだ?」
暑さのせいではない汗がじんわりと浮かんできたとき、東のひと言で現実に引き戻された。佐野さんの爆弾発言を思い出したのだ。
「えっと……お昼、に」
──そもそも交際なんかすっ飛ばして、つばきちゃんと結婚したいと思ってます。
はあ、と得意の苦笑いでごまかすと、それ以上はなにも言われなかった。会社に戻ったら急ぎの用件が相次いで忘れていたけれど、あれって、地味に……プロポーズ、的な?
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