#5 酔い待ちの水曜日

16/26
前へ
/280ページ
次へ
「昼といえば、梁川がひとりで飯食ってたぞ。おまえ、どっか行ってたのか?」 「……ちょっと、会社前のカフェに」 「ひとりで?」  わたしと茉以子がいつも一緒にランチをしているのは、営業部の人間なら誰でも知っている。言ったあとで、どうして正直に場所を言ってしまったんだ、と後悔した。 「え、っと……仕事の一環、で」 「ランチミーティングか?それなら、ちゃんと報告……」  缶ビールを持つ手と言葉が止まった。それから「ああ」と頷き、可愛らしい顔から表情が消える。 「佐野さんか」  打って変わった固い声のトーンに、みぞおちの辺りがひゅっと冷たくなった。否定も肯定もせずにいると、「悪い。部下(・・)のプライベートを詮索する上司なんて、それこそキモいよな」とビールを煽った。 「プライベートっていうか……送った資料に急な変更が出たから、って言われて」 「そんなの口実に決まってんだろ。バカかおまえは」  箸を置いた東にこれ見よがしなため息をつかれ、その態度と言い草が癇に障った。わたしの気持ちなどつゆ知らず、「やっぱり本気だったんだろ、婚活」と彼が続ける。 「いいんじゃねえの?次期社長のイケメン人事部長。あの会社、でかくなることはあっても潰れることはないだろうし」 「だから、違うって」 「そんな格好してる理由が分かった。珍しくスカートなんか履きやがって、高瀬のくせに」  まだ1本目のビールを無理やり空けると、東があぐらを崩して立ち上がった。取り皿に残されたオクラとナスが、ぽつんと寂しく見える。  ──違う。このスカートは、今夜の約束のため。少しでも可愛いって思ってほしくて、迷いに迷って選んだの。  わたしにとって、二の腕が半分以上出るようなブラウスを着ることも、スカートを履くことも、そんなに簡単じゃない。  だけど、東には、東にだけは、1ミリでもいいから可愛いって思ってほしくて──数えきれないくらい何度も鏡の前で合わせて、今日を迎えたの。
/280ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12605人が本棚に入れています
本棚に追加