#5 酔い待ちの水曜日

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「他の男は?」 「だから、ない、って……」  言い終える前に顔を覗き込まれ、つるんとした黒目にじっと見つめられる。これは、もしかして──。  つい最近まで感じたこともなかった予感に目を瞑ると、「くそ」と小さな舌打ちが聞こえた。……あれ?わたし、なにか間違った、のかな。  結論から言うと、その予感は的中しなかった。すぐには。 「ムカつくんだよ。高瀬のくせに引っ掻き回しやがって」  突然、身体を解放されたかと思うと、右肩を強く押されてバランスを崩してしまった。すぐ後ろのソファーに寝転がるような格好になったわたしの上に、すかさず東が覆い被さってくる。 「え?ちょっ……ひ、がし」 「もう一回言えよ。俺がいい、って」  この体制、デジャブだ。勢いで拙い誘いを吹っかけたあの夜とおんなじ。思い出すと、あまりの恥ずかしさにのたうち回りたくなる。 「そ、そんなの……何回も、言えな」 「いいから。上司命令だっての」 「すぐパワハラしないでよ。もう言わない。恥ずかしい」  足をバタバタさせてみても、ペンシルスカートのせいで思うように動かない。  二人掛け用の小さなソファーは、東の身体だけで満杯だ。このままでは、組み敷かれているわたしが潰れてしまいそう。 「早く言えよ」  わたしの手を握る東の手は熱い。さっきからずっと逸れることのない視線も、同じくらい……ううん、それ以上に熱い。 このまま見つめられ続けていたら、どろどろに溶けてしまいそう。だけど、東に溶かされるなら本望かもしれない。 「……あと一回しか、言わない、からね」  彼が小さく頷いたのと同時に、「東が、いい」と唇を動かした。自分が言えと言ったくせに面食らったような顔をして、また「くそ」なんて呟くから堪ったものではない。
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