#5 酔い待ちの水曜日

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「なんなの、さっきから」  そもそも、東の言動と行動は意味不明なものばかりなのだ。嫌なことを言ったかと思えば急にキスしてみたり、その気もないのに誘ってきたり。いくら女性を振り回すのが趣味だからって、わたしの気持ちまで巻き込まないでほしい。 「重いからどいてよ。帰るって……」 「キス、していいか?」  わたしの怒りを遮って飛び出したセリフと真剣な眼差しに、今度はわたしが面食らう番だった。  いつも強引にしていたくせに、不意打ちばかりだったくせに──どうして今日は、そんなふうに訊くの? 「嫌、なら……このまま帰る」  なにか美味しくないものでも飲み込んだような表情でわたしを見つめるその顔は、冗談を言っているようには見えない。  ああ、また振り回されている。その自覚はあるのに、答えは決まってる。  強引でも不意打ちでも、理由が分からなくても、全然嫌じゃない。だって、あなただから。ずっと好きだった人だから。悔しいけど、いつでも、好きになったほうが弱いの。 「嫌……じゃ、ないよ」  消え入りそうな声で言って見つめ返すと、すぐに唇を塞がれた。いままでされたどのキスよりも優しくて、覚えたての感覚がせり上がってくる。  ──きもち、いい。唇を優しくなぞられて、そっと探られているみたいで。  触れ合った舌先から蕩けてしまいそう。東が動くたびに軋むソファーの音が、いま置かれている状況を生々しく伝えてくる。  自分の部屋に男性を入れたのは初めてだ。その「初めて」が東だということも信じられないのに、まさか、こんな展開になるなんて。 「ん、っ……あ、……」 「いい声出るじゃねえか。皺になるから、ワイシャツは掴むなよ」 「で、も……」 「掴むなら、俺の腕か背中にしろ」  ソファーに身体を沈められて、キスがぐっと深くなる。少しずつ背中に腕を回すと、「もっとくっつけって」と掠れた声で囁かれた。  いままでで一番、東を近くに感じる。目が回りそうなのは、暑いせい?それとも、こんなことをしているせい?
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