#5 酔い待ちの水曜日

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「提案いただいたところは修正したつもりですが、もし他にあれば」 「だいたいはオッケーです。細かいところを少し直したから、メールで送るね」  はい、と返して、所在なげにスマホをいじる東を見遣った。さっき、わたしと彼の間に流れていた甘い空気はなんだったのだろう。  嘘のように弾けて、どこか遠くへ行ってしまった。それをこの電話のせいにするのは、あまりに横暴だろうか。 「つばきちゃん、いまはなにしてたの?」 「えっ」 「ひとり暮らしだって言ってたよね。テレビでも観てた?」  言葉に詰まり、もう一度東に視線を向けた。「はい、まあ、そんなところです」──本格的な世間話に移行する前に早く切ろう。そもそも、仕事のことは社用携帯にお願いします、と言ったはずだ。 「つばきちゃんの声っていいよね。地に足がついていて、なんだかほっとする」  広いオフィスにいる佐野さんを想像する。これもきっとお世辞だ。そう流してしまいたい反面、本心から出た言葉だとも思う。 「あ、りがとう……ございます。それじゃ、」 「次はいつにしようか。また付き合ってよ、ランチ」  話をうまく切れない。婚活パーティーのときもそうだった。人と接するスキルと経験がわたしとは桁違いなのだ、きっと。 「お昼は、だいたい外勤に出ていますので」 「じゃあ、外勤先の近くまで行くよ。役職付だから割と自由なんだ」 「いえ、そういうわけには」 「高瀬」  電話の向こうのものではない、不貞腐れたような声。えっ、と声を出したのと同時に、背後からぎゅっと抱きすくめられる。 「電話、誰?」 「ああ、そういうこと」  どっちに、どう反応すべきなのだろうか。「なあ、誰?」と右耳に唇を寄せられ、左耳からは「やるね、つばきちゃん」とくつくつ笑う声が聞こえてくる。
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