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「いえ、そういうんじゃなくて、えっと」
「邪魔してごめんね。また連絡します。ランチ、またあのカフェでいいんで」
「えっ、ちょっと」
おやすみ、と電話が切れ、なかったことのようにいつもの画面に戻る。わたしの肩に顎を乗せている東が、「佐野さん?」と尋ねてきた。
「結局、自分のスマホから連絡したのかよ」
電話は切れたのに腕は巻きついたままだ。
「これから仕事で関わるし、角が立つのも嫌だなって思って」「ふうん。で、また昼飯に誘われた?」「人の電話、勝手に聞かないでよ」「聞こえるだろ。同じ部屋にいんだから」──東の体温が伝わってきて、さっきの光景が蘇る。
「……来週も、水曜でいいよな」
「来週、も?」
「また、おまえの作った飯、食いたい」
ふと、ふたりの姿が暗いテレビ画面に映っているのに気づく。ひと回り大きな東の身体に包まれているわたし。まるで恋人同士みたいに見えて、浮かれてしまいそうになる。
「わたし、誘われてるの?」
「それ以外になにがあるんだよ」
「呆れた。いつもそんな言い方で誘ってるの?」
「うるせえな。おまえにだけだよ、こんな言い方すんの」
もうちょっとしたら帰る。腕の力が強まって、わたしは黙って頷いた。
ああ、困ったことになった。「好き」をやめられないだけならよかったのに、東の気持ちを知ってみたい、こちらに向けてみたい、なんて欲が湧いてしまった。
かわいい、をもう一度東の口から聞いてみたい。また言ってもらえるくらい、可愛い女性になりたい。そして、いつかは「好き」になってもらいたい。
こんなの、「わたしのくせに」貪欲すぎる、だろうか。一過性の微熱じゃない恋を、あなたとしてみたい。
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