#6 四の五の言わずに宵の口

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「仕事だよ。近くまで来たから直接説明しようと思ったんだって」 「でも、あんなおっきい詰め合わせ持ってきて、“つばきちゃん、いい?”なんて、モノにする気満々だよね。さすが社長候補、やるぅ」  キャッキャと笑いながらミニトマトを摘んだ茉以子の背中に、どん、と衝撃が走る。驚いて振り向いた茉以子に「あ、ごめんなさい。後ろ狭いから、つい」と能面のような表情で言ったのは、総務部の女性社員だ。 「イス、引きますね。すみません」 「もういいです。あっちから回るんで」  ふん、と鼻息が聞こえてきそうな勢いで茉以子を見下ろすと、ヒールの音を響かせてべつのテーブルへ歩いていった。どんよりと停滞した甘くスパイシーな残り香が、食欲を減退させる。 「最初からあっちに座ればいいのに」  思わずそう口に出て、湿った目で睨まれてしまった。まあいい。仕事に支障がなければ、嫌われたって構わない。 「少し前に、あの人の彼氏に口説かれたんだよね」  今度こそミニトマトを口に放り込み、なんでもないような顔で茉以子が言った。そっか、とさらりと返したけれど、心の中ではこう思った。「ああまたか、やっぱりか」。 「もちろん断ったよ?人のものに興味なんてないし、彼女がいるのに他の女性に目移りするとか最低」 「あの人の彼氏も総務部だっけ?そういえば、どうでもいいことを何回も茉以子に聞きに来てたよね」 「親切に教えて損しちゃった。ま、いっか。わたしにはつばきがいるもん」  ね、と可愛らしく首を傾げられて、曖昧な笑みを浮かべた。茉以子は強い。周りの女性を敵に回すことを分かっていて、こういうタイプ(・・・・・・・)を貫いている。
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