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「あいつは、持ちすぎてるくらいいろんなものを持ってる。昔から羨ましくてたまらなかった」
「昔から?」
「幼なじみなんだ。で、初恋同士。ベタすぎるだろ」
「でも、ぶち壊したの?」
「俺は、あいつにひどいことをした。……好き、だったから」
その二文字を、とても抱えきれそうになかった。
心臓を一気に貫かれたような痛みに、今度はわたしが足を止める番だった。吐き気がするのは、お酒のせいではない。
「……結婚、したんでしょ」
「ああ、すっげえいい男と。あれには勝てねえわ」
東と寝た、という女性社員を何人か知っている。いつ、どこで、どうやってそうなるのだろう。考えてみては無駄だと打ち捨てた。少なくとも、わたしがそうなる可能性はゼロに等しい。
「甘え上手で可愛いだけかと思ったら大間違い」「一度したらほっとけなくなって」「好きになっちゃう」「でも、彼女にはなれない」
知らなかった。東が、誰かを本気で好きだったなんて。
「ふらふら……不特定多数と、遊んでなんかいるから」
二次会カラオケどうすか、と立ちはだかる客引きを俯いてやり過ごし、ニッカの看板の前で赤信号に引っ掛かった。嬉しい偶然だ。いつもなら。
「余計なお世話だよ。誰にも迷惑かけてねえだろ」
「いろいろ聞こえてくるの。……信じらんない。東となんて、絶対にしたくない」
喧騒に紛れてしまえばいい、と思ったときに限って聞こえるらしい。怪訝そうに顔を顰めた東のワイシャツに、ぎゅっと掴みかかった。信号が、青に変わる。
「……なんだよ」
「好きな人がいるのに、いろんな人とする、なんて」
「だから、余計な」
「じゃあそれ、わたしでもいいんじゃないの」
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