#6 四の五の言わずに宵の口

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「話、戻そっか。実際のところ、佐野さんとは……」  茉以子が話し始めたとき、ジャケットのポケットに入れているスマホが震えた。社用携帯のほうだ。 「ごめん茉以子、電話入った」 「社用のほう?早く出ないと切れちゃうよ」  着信元も確認せずに通話ボタンを押すと、「つばきちゃん?お昼時にごめんね」とすっかり聞き慣れてしまった声が飛び込んできた。 「いえ、なにかありましたか」 「やっぱり社用に掛けるんじゃなかった。つばきちゃんが、いつにも増して他人行儀だ」 頓珍漢な回答に苦笑いを返すしかない。こう言っているが、ここ数日はずっと社用携帯で連絡を取っているのだ。 「昨日も来ていただきましたけど、今日はどのような件で」 「今夜空いてる?プライベートじゃなくて仕事のお誘いです」  言葉と感情を飲み込んで黙ったわたしを、「どしたの?」と茉以子がきょとん(・・・・)顔で見ている。 「仕事熱心な担当さんに一緒に来てほしいところがあるんだ。明日から東京出張でね、今日しか時間が取れなくて」  これをプライベートと結びつけるのは社会人として失格だ。そもそも、クライアントの言うことをはなから疑うべきではない。わざわざ社用携帯に掛けてきたのだ。掴みどころがない人とはいえ、嘘、ということはないはず。 「何時ごろがよろしいでしょうか」  それでも、一縷の望みを捨てられない。夜とはいえ夕方なら、約束(・・)に間に合う。 「19時に迎えに行きます。申し訳ないんだけど、それまでは予定がびっしりで」  あっさりと砕け散った希望に、喉がぐっと締めつけられた。時間外の外勤だ。事務所に戻ったら、東に報告しなければいけない。
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