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──Side 隆平
「ゼリー持ってくるあたりが分かってますよね。隆平さん、食べました?」
「いや」
「冷蔵庫に冷やしてありますよ。トマトとハスカップ、どっちがいいですか?」
「あとで食べるわ。ちょっとシステム部行ってくる」
色落ちしたボブヘアを無造作に結んだ間中が、もういっこ食べよ、と席を立つ。
ゼリーが12個も敷き詰められた箱を事務所の冷蔵庫に入れるのは、とてもじゃないが不可能だった。冷えたコーヒーを取りにいくたびに綺麗に並べられたゼリーが目に入って、もやもやとした感情が湧いた。
ポケットに片手を突っ込んだままドアノブに手を掛けたとき、それが勢いよく回って躓きそうになった。目に入ったのは高瀬だ。水色のサマーニットにグレーのハイウエストパンツを履いている。
「ひ、東……」
「悪い。先入れよ」
うん、と俺の横を通り過ぎる彼女から、ほんのり甘く爽やかなサボンが香った。細い首筋に唇を寄せた瞬間を思い出す。濃くてくらくらするような香りがしたのは、一日の終わりだったからだろうか。それとも、あのときの俺たちが、紛れもなく「男と女」だったからだろうか。
「東、これからどこか行くの?」
「システム部に。すぐ戻るけど、どうかしたか?」
「ううん。戻ってからでいい」
剥き出しの白いうなじが恨めしい。首から鎖骨にかけての華奢なラインは目の毒でしかない。ショートカットの女は好みじゃないから、いままで気にしたこともなかった。あの綺麗なかたちをした鎖骨に思い切り噛みついて、いつもの地味なブラウスを被せたくなる。
「……あれとふたりきりって、耐えられんのか、俺」
今日は水曜日だ。待ち遠しい反面、恐れていた約束の日。あいつのテリトリーに入って、酒を飲んで手料理を食わせてもらって、どうでもいい話をして、目を合わせて微笑まれでもしたら即アウトだ。好みでもない、なんなら女として見たこともなかった高瀬に、物凄い早さと勢いで理性をぶっ飛ばされる予感がする。
暑さで頭がやられたのか、関わったことのないタイプをつまみ食いしてみたくなったのか、対象外の同期の意外な一面が物珍しいのか。
8階のシステム部からUSBメモリを受け取ってエレベーターを待つ間、エアコンの真下で唸ってみる。どれも違う。甘いような酸っぱいようなよく分からない感情に、うまく名前をつけられない。いまの俺の本音はどこにある?
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