#6 四の五の言わずに宵の口

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──Side 隆平  当初は新卒採用の求人広告のみのはずが、佐野さんが「ぜひ高瀬さんに」なんて言い出し、例の中途採用の広告まで担当することになった。  営業二係は基本的に学生向けを担当しているので、本来なら営業一係の業務。係長に食ってかかってはみたが、「向こうの人事部長さんが言うんだから仕方ないだろう」と一蹴されたのだ。  そのうえ、再来週発行分のピックアップ記事──誌面では巻頭を飾り、Webではトップページにバナーが貼られる──で株式会社SANOを掲載することが急遽決まった。どうやら、うちの上層部とSANOの重役がゴルフ仲間らしい。 「ピックアップのほうは俺がやろうか」  えっ、と高瀬が声を漏らす。それからむっとした表情。──ああ、まずったか。べつに、そういう意味ではなかったんだけど。 「最近SANOさんに時間を取られすぎじゃないか、と思って。情報収集はおまえがやって、記事を書くのは俺がやっても」 「東の文章、分かりにくいし」 「じゃあ逆にするか?俺が行くよ、今日」 「……でも」  納得のいかない顔をして俯き、ぽつりと呟く。「なんか、途中で投げ出したみたいで嫌なんだけど」。  そうだ。高瀬はこういうやつだ。真面目だけど要領が悪く、自分から周りに頼るのが下手くそな意地っ張り。上司としては、頼もしい反面ハラハラさせられることも多い。 「あのな、そういうことじゃ」 「それに、東が行ったって、一緒だし」  電話対応や打ち合わせで騒がしい事務所内で、その声が聞こえたのは俺だけだっただろう。意味が分からずきょとんとした数秒後、もしかして、と思い至り、微かに鼓動が速くなる。 「今夜、の、なくなっちゃうの……一緒だし」  親指と人差し指でワイシャツを摘まれ、心臓が破裂するのではないかと思った。いまさらだけど、このアングルは非常にまずい。上目遣いで胸元をちらつかせる、なんて上等テクニックを、男に疎い高瀬が使いこなせるはずがない。わかっている。頭では、わかっているのだけど──。  ──マジで、無自覚、タチ悪い。それ、他の男にやるなよ。ていうか、鎖骨がっつり見せすぎだ、バカ。 「高瀬、ちょっと」  ほっそりとした手首を掴み、無理やり事務所の外に連れ出した。向かいの会議室がちょうど空いている。今日の使用予定がないせいか、ドアを開けた瞬間に熱気が漏れ出してきた。
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