#6 四の五の言わずに宵の口

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──Side 隆平 「おまえ、無理してないか?プライベートと仕事、ちゃんと分けて考えろよ」  誰もいない会議室に鍵を掛け、部下に壁ドンしている俺が言えたセリフではない。だけど、逃げない高瀬も悪い。  入って数秒で額に汗が滲んでくる。この状況のせいではなく、エアコンが効いていないせいだ。 「本来は担当外のことまでやらされてるんだ。断ってもいいし、俺が代わってもいい」  打ち合わせの際、高瀬と佐野さんがどのような話をしているのかは知らない。いや、報告されていることしか知らない、と言ったほうが正しいか。  事務所に足を踏み入れるなりまっすぐ俺のところに向かってきて、「いつもお世話になっています。つばきちゃん、借りますね」と紙袋を差し出してきた笑顔を思い出す。 借りますね、って言い方はないだろ。べつに俺のものじゃないんだし。それに、仕事相手を下の名前で、しかもちゃん付けで呼ぶなよ。 「……大変だけど、信用してもらえてるのは素直に嬉しい。佐野さん、仕事中は一切変なこと言わないよ」  変なこと、とは具体的になにか。これを訊いたらセクハラか?パワハラか?……訊くなら時間外にするべきか。  そもそもおまえと佐野さんはどうなってるんだ。俺の知らないところで、また飯でも食いに行っていたりして。結局、私用携帯の連絡先も教えたみたいだし──。 「それなら、いいけど。これから琴似(ことに)の方に行くんだ。ついでに寄ってきてほしいところはないか?」  SANOの案件から高瀬を引き剥がしたい理由は、半分くらいは私情だ。譲る気がないのなら、せめて他の案件をカバーしてやりたい。 「ううん、大丈夫。ありがと」  高瀬が俺を見上げて小さく微笑んだ。私情はなるべく挟みたくない。俺は上司、おまえは部下。頼むから、仕事中にそんな顔を見せないでくれ。 「19時から、だったよな。何時までか聞いてるか?」 「聞いてない」 「俺も、一緒に行くか?」 「……だいじょう、ぶ」  そっか、と頬を掻く俺のワイシャツを、「ごめんね」とまた摘んでくる。これは天然か、計算か。前者に決まっている。だって高瀬だ。男慣れもしていなければ未経験で、俺のことが嫌いで、イケメンに迫られても靡かない。無自覚で無防備で、なにを考えているんだか分からない。
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