#6 四の五の言わずに宵の口

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 着きました、とメッセージをもらってすぐに出ると、会社の前に黒いBMWが停まっていた。セダンタイプだ。刻々と夜に向かう薄暮の中でその姿は堂々としていて、高級感漂うボディが、無機質な外灯にまばゆいばかりに反射している。 「つばきちゃん、お疲れさま。急にごめんね」  乗って、と助手席のドアを開けられて呆然としていると、「乗って、つばきちゃん」と腰をそっと抱かれた。飛びのくように離れ、間違ってもサイドシルにヒールを当てないように細心の注意を払って乗り込む。 「そんなに嫌がられると傷つくなあ。ま、いまは仕事だからしょうがないね」  この暑いのにスリーピーススーツを着ていたのだろうか、上着は脱いでいるものの、ベストとスラックスは揃いのものだ。ダークグレーのそれは見るからに上質で、細身の体型に滑らかにフィットしている。 「西区の方なんだ。ここからだと30分くらいかかるけど、時間は大丈夫?」  車内は寒いくらいにエアコンが効いている。バッグに入れたままのカーディガンを出したことに気づいたのか、「寒いよね」と設定温度を上げてくれた。 「すみません。冷え性で」 「女性はだいたいそうだよね。つばきちゃんみたいに細いと、なおさらじゃない?」  そうかもしれないですね、と曖昧な笑みを返しておく。カーオーディオからは落ち着いた洋楽が流れ、時折上機嫌に口ずさむ声が聞こえる。  外車って、初めて乗った。黒を基調としたシックなインテリアと、さらさらした白いレザーシートにそわそわする。これ、わたしみたいな庶民が座ってもいいものなのかな。お尻、浮かせておいたほうがいい?
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