#6 四の五の言わずに宵の口

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「忙しい中、お時間いただいてありがとうございました。今日聞いたお話、社内で共有させてもらってもいいでしょうか」 「どうぞどうぞ。こちらこそありがとうございます。社長のご子息に、こんなところまでご足労いただいて」  店長は40代半ばの男性だった。白髪混じりの短髪に丸顔、人の良さそうな笑顔。ここに来る前は帯広(おびひろ)の店舗にいたという。 「社長の息子、ではなく、人事部長としてここに来ています。まあこれ、ほんとは広報部の担当ですけど」  高瀬さんと仕事がしたくて、広報部長に頼み込んじゃいました。おどけて見せた佐野さんに、「若い美人さんには弱いのかね、さすがのご子息も」と店長が笑う。 「そういえば、お兄さんは元気ですか。なんて言ったかな、確か……」 「貴紀(たかのり)です。元気にしてますよ」  どこから見ても非の打ちどころのない笑顔。佐野さんの笑顔はいつも完璧と言えるものだけど、いまのはどうも完璧すぎるように見える。 「そうそう。ご兄弟なのに似てませんね。お兄さんはこう、破天荒っていうかね」 「僕は型に嵌ったつまらない人間なんですよ。父にも、おまえじゃダメだ、なんて言われちゃってね」 「そんなことはないでしょう。まだ若いのに人事部長だなんてご立派ですよ」  またいらしてくださいね、今度はお客さん目線で見てってください。にこにこと見送られ、バックヤードを後にした。もう20時を回っているが、意外にも客足は途絶えていない。若い女性客や仕事帰りのサラリーマンと思しき人たちが中心だ。
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