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「なるべく見つからないように」と、テーブルを囲んでいる常連さんたちにお願いして、入り口に向き直った。
「あー、申し遅れました。僕はこの店のオーナーで、木崎といいます。市川は・・、ああ、彬良くんは、今仕事中なんですよ。困りましたねえ。ご覧のとおり、今日は、実はちょっとしたイベントでして・・」
やはり意図してゆっくりとしゃべっている。
「いるのね。やっぱり、ここにいるのよね。出してよ。わたしはあの子の母親よ。連れて帰る権利があるわ。早く、早く連れて来なさいよ、オーナーなんでしょ」
「あ、あー、すみませんねえ。今、言いましたように、仕事中でして、ちょっと、手が放せなくって・・。あと、そうですねえ、2時間ほど、かな、それくらいで終わると思うんですけど、そのあとなら・・」
店内にざわめきが戻りつつあった。ただ、ドアに近いテーブルでは、まだふたりに注意を向けている人たちがいる。
聖子が木崎の横に立った。
「あなたは?」
睨みつけられた。
美人だった。色白で、左右対称の整った顔立ち。遺伝子、という単語が、竜の声で頭のなかに響いた。市川は外見的な特徴のほとんどすべてをこの母親から引き継いだ。だからこその息子への執着なのだろう。
黒目がちの瞳が、発熱しているかのように水分を湛えてぎらぎら光っている。偏愛している息子に会いたくてしかたないのだ。濃い栗色に染めた髪をうしろでひとつにまとめている。
歳は聖子より少し上に見えた。あらためて、自分には市川くらいの子どもがいても不思議ではないのだと思った。
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