1.  ショッピングモールの駐車場

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「いや、でも……」 「いいって。お駄賃。タクシー乗ったら残り少なくなっちゃうけど、あとはマスターに特別ボーナス出すよう、言っとくから。市川くんがいてくれて、ほんとに助かった。ありがとう」と、背中を叩いた。  その時も市川は視線をぼんやりと手元の一万円札に遣ったまま、何か言いたそうな顔をしていたような記憶がある。ただでさえ色白、美形の青年が、そんな仕草でますます少女漫画の登場人物めいてくる。今はレディースコミックというべきか。しかし聖子は気が()いていた。だから、よろしくね、とだけ言って背を向けた。  結局、木崎はその日を含めて病院で2泊した。その間に心電図、胃カメラ、大腸内視鏡検査を受け、酒を飲ませる商売にしては肝臓数値も基準範囲内と医師からお墨付きをもらい、大手を振って退院することができた。  聖子は木崎の入院中、1階に『フーガ』の入る小さなビルの最上階である3階の木崎の部屋で、竜と寝泊まりした。婚姻届を出して以来、土日出勤がないかぎり、金曜日と土曜日の夜は3人でその部屋で過ごしているので、聖子の生活必需品もそろっている。  有給を取った日は、竜にはいつもどおりに保育園へ行ってもらい、取って返して木崎の部屋の掃除と洗濯をすませたあと、病院へ向かった。  どうせ午前中は下剤を飲まされてトイレのお守りをしているか胃カメラでえずいているかだから、遅くてもいいだろうと、木崎に頼まれた書籍と、万が一入院が長引いた場合の着替えを持って午前11時に到着した。
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