1.  ショッピングモールの駐車場

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「竜、今日はパパと寝る?」  洗い物をするために立ちあがりながら訊いた。 「そうだな、今日はこっちでパパと一緒に寝ようか」  嬉しくてたまらない顔で木崎が言い、竜が父親を見上げて、うん、と元気よくうなずいた。 「じゃあ明日、保育園はお休みだね。連絡はお願いするね」 「わかった」  聖子ひとりが部屋を出ようとしても、竜はもうぐずらなかった。以前は「ヨギちゃんはどうして帰るの」と訊いたものだ。今はもう聖子がいなくなったりはしないということが理解できている。  玄関で靴を履いた聖子に、木崎が、ヨギちゃん、と手を伸ばした。ハグをしたいのだろう。  聖子が一瞬、ためらった。その反応を見た木崎が怪訝な顔をしたのを、聖子は見逃さなかった。  気を取り直して一歩近づいたら、木崎が聖子をふんわりと抱きしめて、耳元で小さく、ありがとう、とつぶやき、優しく、少し長いキスをした。  体を離したら、竜が「ぼくもー」と見上げていた。 「お、そうか」と木崎が屈んだら「ちがうっ」と、父親の顔を強く押し返した。「ヨギちゃん」  笑いながら竜を抱きしめ、ほっぺたにキスをした。 「じゃあね、おやすみ。また明日」 「うん。バイバイ」と手を振る竜に微笑みかけて、ドアを閉め「親子水入らずで」と、ひとりごちた。  こんな気持ちで自分の部屋へ戻ってひとりで寝たら、きっと寂しい思いをするだろうと想像していたのに、案に相違して、これが驚くほど快適だった。湯上がりにビールをひと缶開け、ベッドに大の字になると、この数日間の張りつめていた緊張がじわじわとほどけていく音が聞こえそうな気がした。  そうか、これがいわゆる『ひとり時間』ってやつなんだ、と納得すると同時に、ふと、この部屋を解約しないでおくというのも、ひとつの方法かもしれないと思いついた。
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