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不安で動悸が速くなるのを懸命に抑えつつ席を立ち、廊下に向かって歩きながら応答した。
聖子の職場は、研究部門と事務部門合わせて総職員数千人近い、大手独立系の創薬研究所だ。そこで聖子は総務部文書課所属の、管理職の末端である部下5人の主任を務めている。
『ああー、ヨギさあん、よかったあ、つながったあ』
時折裏返る声で、尋常ではないことが起きたのだとわかった。
「ごめん。何回もかけてくれたよね。気がつかなかった。何があったの」
『ヨギさん……、マスターが、入院しました。今、病院です。市立病院』
「怪我? 病気?」
自分でも驚くほど冷静な対応ができた。相手が市川だからだろうと思った。自分が主導権を持たなければという意識が働いたはずだ。
『過労じゃないかって。今日、俺が店へ行ったら、マスターがフロアの椅子に座りこんで動けなくなってて、竜が横で泣いてて……。もうびっくりしちまいましたよお。マスター、ちょっと休んだら大丈夫とかなんとか言ってたけど、かかりつけのお医者さんへ引きずっていって……。そしたら、たぶん過労だろうけど、ちゃんと検査したほうがいいから、紹介状書いてやるって。そんで、無理矢理タクシー乗せて、今、血採って、レントゲン撮ってってのが終わったとこで、点滴打って寝てます。そんで、あとどの程度の検査をするか、家族と相談してくれって言われたんで……。すんません、仕事中に』
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