【五月雨の季節】

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【五月雨の季節】

季節は五月、五月雨月と呼ばれるように雨が断続的に長い間降り続いている。 廃城の周りを取り囲むように掘りに張られた水は微生物やコケが湧いている のか夜には黒っぽく濁っているように見えた。 夜な夜な雨が降り続いたせいで水嵩は増し、水の流れが速い。 ここの掘りには鯉が多いことで有名だった。 かつて人間がパンのカスを与えるとイワシの大群のように我こそが、と群がってきたものだ。 彼らは一頭の動きに反応し、連鎖反応のようにつながり共鳴した。 まるで一匹の小さな鯉が巨大な鯉のぼりになるかのように激しく飛んだ。 だが、この時期になると彼らはパンのカス程度では反応しない。 それもこれも足をもつらせ、城から掘りに転落しあえなく亡くなって 散った女が要因だった。 だが、実際には事故などではない。男女の関係のもつれから逆上した 男が彼女を突き落としたのだ。 男が突き飛ばした場所、そこが不味かった。 老朽化が進み、朽ちていた柵は彼女の体重に耐えられなかった。 そのまま策を越え、天守閣から止まることなく真っ逆さまに掘りに 向かって落下していった。 水面に波紋を残し、彼女の身に興味を持った群れがギョロリとその体を 食い入るように見つめた。行く百もの目がギョロギョロと見つめる。 いつもよりも大きな食材に群れは歓喜した。 ヒレをブルブルと震わせ、舞いを踊った。彼らは何でも食べる。 好き嫌いはなく栄養になるなら何でも食べる。 たとえ、その標的が自分の何倍もある巨大な相手だったとしても…… 彼らは一斉にプリプリな新鮮お肉に噛みついた。徐々に肉はもがれ 水の中に散乱した。散乱したものも残さないよう野次馬が吸いつくした。 メインディッシュは一瞬にして半分以上平らげられていった。 その様は夜会パーティーとでも言うのだろうか。 興奮のあまり飛び跳ねるもの、食べ過ぎてずんぐりと太るものなど 様々なものがいた。 そんな夢の時間はあっという間に過ぎ、群れは解散しそれぞれの持ち場に 戻っていった。
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