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暗い8畳間の和室。
その中央に敷かれた布団。
その枕側の奥には黒い仏壇。
明かりは仏壇の燭台に置かれた一対の蝋燭の火のみ。
夕日のような橙色のボンヤリとした光。
それが何も見えない暗闇の漆黒に浸透し、視界を褐色に染めている。
何も見えなければ、そこに何も無いと脳が誤認識してくれさえすれば、怖くなどないのに。
中途半端に物の形が見えるから、何かあるのか、それは恐ろしい物かと妄想が膨らみ、不安になるのだ。
世界など視界に入らなければ良い。
布団に入ろう。
目を閉じれば、瞼の裏が視界に黒く映るだけ。
自分だけの暗闇、自分だけの世界が全てを安心させてくれるだろう。目に入る嫌な物や心に感じる嫌な物は、出来るだけ少ない方がいい。
そう思い、掛け布団に手を伸ばす。
しかし、体が動かない。
息が上手く出来ず、掛け布団の上に前のめりになる。
ふと横を見る。
蚊柱よりも濃い、うごめく無数の黒い点。それに形作られた円。
その点は円の中央に向かって集合し、墨をベタ塗りしたような黒に変わっていく。
それはやがて人型になった。
墨一色で顔も服も髪型さえもはっきりしない。
しかし、屈んでいるのが分かった。
ヤバイ物がいる。
焦りで息が苦しくなり、胸の中で心臓がドンッドンッと暴れる。
早く目を閉じてしまおう。
しかし、体は鉛のように重く、動けないまま。
そうこうしている内に、黒い影はこちら側に走り寄り、背中側に回る。
動けない。背中を狙われている。
あ、殺されるな。
そう思った。
黒い影は背中から抱き付いて来た。
動けないせいで後ろを振り向く事は出来ないが、体を弄りながらズルズルと背中から何かが入ってくる感覚を感じた。
背筋がゾワゾワした。
もう駄目だ。目だけでも閉じよう。
幸い痛みはない。
触れられる気持ち悪さと、どうなってしまうのかという不安はあった。しかし、そんな感覚も視界から消してしまえばいい。
見えなければ、どうって事もない。
どんな酷い事になっていようとも、見えなければ余計な事を考えて、余計な痛みを感じる事もない。
でも、もう良いんだ。
色んな事が上手くいかず、それを打破しようと色んな方法を考えてやってみたけども、結局は我慢する事の方が多かった。
力のない奴が何年我慢して努力しようとも、じわじわと心が擦り切れて、壊れて行くだけ。
そして自分を責める能力しかない無能な自分をまた責めて、動く力もなくなって、本当に動き出せなくなってしまった。
そもそも自分は自分が嫌いだし、居なくならないでと思う人もいないのだから、もともとどうなっても良いはずなんだ。
死神か、悪霊なのか知らないが、このまま殺してくれ。
そんな訳で死は怖くないと思ってた。
そう思ってる筈なのに、何故今怖いと思ったんだろう。
ほんの一秒だけ「助かりたい」と思った自分自身が身勝手で憎いと思った。そんなんだからお前なんて嫌いなんだ。
『それでも。
助かって欲しい。元気になって欲しい。幸せになって欲しい。
それを、望んでると分かって欲しい。』
黒い影は言った。
音はなかったが、この空間で喋っている者がいるとすれば、コイツしかいなかった。
『日の出前の世界は暗闇に包まれ一番暗い。
しかし、それは太陽が昇り、世界を照らす前の過程である。』
その言葉を最後に、意識を失った。
***
そんな不思議な夢を見た翌日ー。
気まぐれにネットで「夢 黒い影」で検索した。
するとこんな結果が出て来た。
「顔の見えない黒い影。
その影の正体は、貴方自身です。」
いつもなら自分自身と聞いて悪態をつきたくなっただろう。
しかし、今回はしなかった。
何故だろうか。代わりに、体を少し休める事にした。
馬鹿だなあ。休んでまた頑張り続けるのかと呆れながら。
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