まっくら 暗い CRY

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 暗い日々が続いている。  比喩では無く、実際問題の話。  日本時間で十一時を示す腕時計を見やりながら、ガラス張りの天井から見上げた空は塗り込めたように暗い。時計の故障でも無く、私の感覚が狂っている訳でも無い。  今年も、ある日まではいつも通りの日々だった。  もはや風物詩とでもいうように例年よりも早い真夏日が訪れ、急激な暑さに熱中症の患者が続出し、マスコミは紫外線による健康被害を盛んに取り上げた。  そんな、最中。    ――太陽が空から消えた。  空はいつも塗り込められたように真っ暗で、陽の光が一筋も届かない。不意に空から太陽が姿を消したのである。会見を開いた気象庁の職員が、説明出来ることが何も無いことに呆然として、驚きを通り越した虚ろな顔をしていたのが懐かしい。  太陽が観測出来ない。  この現象は日本の領土・領海限定で起こっている。近隣諸国は日本の地理的な原因なのか、それとも自然環境の原因なのか――あるいは科学的な攻撃の一環なのか判明するまで日本からの旅行者の渡航制限へ乗り出した。その一方で、世界中から原因を究明するための調査チームが送り込まれている。  日本語の長ったらしい正式名称はもっぱらニュースと専門家の間だけで使われていて、世間ではこの現象を日本神話にちなんで「アマノイワト」(AMANOIWATO)と呼ぶのが一般的である。  ――まぁ、日本に住んでいる者にとって、この自体は決して「奇妙」で済まされないのだが。庶民は光熱費の高騰に喘ぎ、農作物が育たないと一次産業従事者は悲鳴を上げ、太陽光発電を主として財源を稼いでいた会社は頭を抱えている。陽の光を浴びれない影響で自律神経が狂ってしまい、大人にも子どもにも鬱病患者が急増した。想定外どころか前代未聞の事態に――政府も有効な対策が思い浮かばずに右往左往している。裸踊りで晴れるならいくらでも踊ります、といつもは冷静沈着で知られる首相が自棄になったようにマスコミのインタビューに答えていたは記憶に新しい。全く、その通りだ。裸踊りで晴れるのなくらでも踊ってやろうというものだ。  日本の未来も、どうやら明るくは無いらしい。いや、しかし、本当に。何が原因なのだろう。  そんなことを考えながらぼんやりしていると、受付スタッフが近寄って来て言った。 「近藤様、お約束をキャンセルしたいそうです」  嫌な予感がした。  私はすかさずに手帳を開いて訊ねる。 「打ち合わせの日程を変更したい、ということですか?」 「いいえ――その、お式自体をキャンセルしたいということで」  私は深く溜息を吐いた。  キャンセル料等については、マネージャーが対応してくれるだろう。今日のために揃えた――無駄になった資料の詰め込まれたファイルを眺めて、こめかみに手を当てる。 「キャンセル、何件目だっけ?」 「十二件ですね」  私が勤めているのは、ホテルに併設された結婚式場だ。ウェディングプランナーとして数多くの新郎新婦の式や披露宴を取り仕切ってきた。  だと言うのに、ここ最近はいつにないキャンセル連絡の多さに気が滅入ってきている。  こんな状況下で結婚式や披露宴を開くなんて不謹慎だから。あるいは、この怪現象の影響で新郎新婦――その親族が体調不良になったから。そんな理由で式のキャンセルや延期が相次いでいる。  いつになったら終わるとも知れない怪現象に、富裕層は海外移住を真剣に検討しているそうで、ただでさえ歯止めの効かない少子高齢はますます進行して行きそうだった。  受付スタッフと入れ替わりに、気の毒そうな顔をしたマネージャーがやって来て、私の仕事が徒労に終わったことを告げた。どうやら、彼らは国内での披露宴を諦めて親族だけの海外挙式に変更をすることにしたらしい。私とマネージャーは顔を合わせて溜息を吐いた。  今回の怪現象はブライダル業界に深刻な打撃を与えていた。新人の頃から仕事をこなして来たこの式場にも、不景気の波が着々と押し寄せてきている。ホテルの方としても突如としてお荷物になり始めたブライダル部門をどうするか経営陣が深刻な顔で話し合いを続けているらしい。  久しぶりにまともな式と披露宴を予定しているカップルだっただけに、キャンセルの打撃は大きかった。私は半ば自棄になりながら午後からの休暇をマネージャーに申請した。マネージャーはあっさりとそれを受理して、事務所へと姿を消した。  まったく。この国は、どうなってしまうのやら。  半ば憤然としながら職場を出た。  最近は治安の悪化が社会問題となっている。街灯が少ない地域や見通しの悪い道路では引ったくりや強盗などの物取りから、性犯罪や誘拐などの事件も急増しているらしい。闇に紛れると気が大きくなるのか、それとも本性が現れるのか。そんなことぐらいで失くすなよ、倫理観。加えて、夜目の効かないまま飛行して建物に激突して死んだ鳥たちの遺骸が街のあちこちに散乱し、鳥インフルエンザをはじめとする伝染病の流行が専門家によって懸念されている。  なんなんだ、日本。どうしたんだよ、終わるのかよ。  そんな気持ちで赴いた駅は、人でごった返していた。何事かと電光掲示板を見上げれば、そこには『人身事故発生のため遅延中』の文字。スマートフォンで確認をすれば、どうやら複数の箇所で同時発生的に飛び込み自殺が起きたらしい。  おいおい、そんなに死に急ぐなよ、どうせ人間いつかは死ぬんだからさ。  誰に向けているのかよく分からない言葉を吐き出しながら、私は駅を後にした。タクシーや代行バスを待つ人の群を抜けて駅の裏側へと向かう。このあたりに、少し美味しいパスタを出すレストランがあったはずだ。今日はそこでランチをして、ぶらぶらしながら帰ろう。  駅の近くは商業ビルと住居、それから昔ながらの個人商店が入り交じってごちゃごちゃとしている。目当ての店にたどり着いたところで、「臨時休業」の札がぶら下がっていて思わず舌打ちをした。今日はとことん付いていないらしい。くさくさしながら踵を返したところで、ふと、それに気が付いた。  いきつけのレストランは、細い路地に店を構えている。その周囲もどちらかと言えば小ぶりの建物が並び、用途のよく分からない建物の合間に、そっと――神社が立っている。  石段も何も無い。アスファルトの地面を区切るように、唐突に始まる石畳の道。それから申し訳程度の鳥居。どうやら稲荷神社では無いらしい。何の神社だ、と目を凝らしたところでちょうど陰になっていて看板が読めない。その鳥居の下にうずくまって泣いている――女の子がいた。  さっき神社の前を通り過ぎた時にいたっけ、あの子。  なに。なにごと? イジメ? 虐待? それとも、ただの腹痛? ――もしかして怪談? 真昼から? いや、実質的には今も夜みたいなもんだけど。  どう見たって厄介事と面倒事の予感しかしない。  遠巻きにして気が付かないフリをして通り過ぎようとしたところで、ぐずっと派手に鼻を啜る音がして、思わず顔がそちらに向いた。マリッジブルーになった花嫁が泣き出してそれを慰めたり宥めたりするのも私の仕事の内だ。だから、その声に足を止めてしまうのも振り返ってしまうのも職業病だ。  鼻を啜って、ぐちゃぐちゃになった顔を拭うために顔を上げた女の子と――そのままバッチリ目が合った。  ねぇ、今日って厄日かな。  私は深い深い溜息を吐きながら鞄の中からハンカチを取り出して、女の子に歩み寄るとそれを差し出した。それから、取り繕った大人の声で問いかける。 「どうしたの、大丈夫?」  私の問いかけに、ぽかんとした顔の女の子は、声をかけられたことに安心したのか――それとも声をかけられたことに驚いたのか、更に大きな声を上げて泣き始めた。私の差し出したハンカチを、しっかりと握り締めて顔に押しつけながら。  どっちなんだよ。話聞いて欲しいのか、欲しくないのか、はっきりしてくれ。それか、せめて、そのハンカチ返して。結構良いところで買ったんだよ、それなりのブランドなんだよ。  そんな思いと共に、女の子の前にしゃがみ込めば、彼女は顔をぐしゃぐしゃにしながら何事かを語り始めた。 「――――っ、ね、――――だって」 「はい?」  泣きじゃくりながら切れ切れに言うものだから、言葉が上手く聞き取れない。 「なに?」  思わず聞き返したところで、女の子が大声を上げて泣き出した。 「もう、どうしたら良いのかわかんないいいいいいッ!」  ――うるせぇ。  きんきんとした声で絶叫する女の子に、思わずそんな正直な感想がわき上がる。仕事柄感情的になって泣き出す相手のあしらいには馴れているが、今は仕事中では無いのでそのスキルを発揮するのは億劫だ。  そのままなし崩しに話を聞くことになった。女の子――と思ったが、近くで見れば少女という年齢では無い。数多くの女性を見てきた自負がある私の目を以ても、年代を特定出来ない不思議な雰囲気を持つ彼女は、どうやらどこかの会社で専門職を勤めているらしい。へー。  彼女は定められた手順に従って、作業をこなし、知識を使って物事を滞り無く進めることに日夜腐心しているそうだ。だというのに、ここ最近、彼女の仕事に関しての文句があちこちから上がっているらしい。それですっかりと自信を喪失して職場から逃げ出した彼女は、なぜか鳥居の下で身を丸めるようにして泣いていた、のだそうだ。  ――まぁ、よくある話といえばよくある話だ。特に「アマノイワト」から、女性の自殺率と鬱病の増加が深刻なことになっている。男性に比べてセロトニンの分泌が少ない女性は、環境や社会の変化に付いていくのが大変だ。 「それで?」  ぐずぐずと泣きながら、彼女は言葉を続ける。 「がんばっても、がんばらなくても、もんく言われるしぃ……! もうやだ、やめる。やめるやめるやめるやめてやる……」 「いいんじゃない? やめれば?」 「でも、やめたら怒られる……」 「誰に?」 「み、みんなが……。わ、わたしにしかできないことなのに、ほうりだすのなんて無責任だって……」 「え、だったら文句言うなって言ってやれば? ってか、辞めたいって言ってるのに辞めさせないってどんだけブラックよ。めっちゃパワハラだし」  体を震わせて相手がきんきんと耳に来る声で叫んで泣き伏す。 「でも、わ、わたしも、本当は、やめたくないのぉ――! で、でも、もう、わたしのやりかたじゃ、だれもよろこばないんじゃないかって……」 「――よく分かんないけどさぁ、あなた、その仕事好きなの?」  私の質問に、彼女がきょとんとした顔をして顔を上げる。散々に涙を吸ってぐちゃぐちゃに捻れたハンカチは無惨なものだ。もう色々と諦めた方が良いかも知れない。思いながら私は投げやりなアドバイスを続ける。 「好きでその仕事やってて、やれてるんなら、無責任な外野の文句なんて聞き流しちゃえば。だって、その仕事、あなたしか出来ないんでしょ? なのに口だけ出してくる奴らのことなんて気にしなくて良いから。文句言うならテメェがやれやって怒鳴ってやれば良いでしょ」  狼狽えたような顔をしながら、彼女が言う。 「い、いいの? それって、いいの?」 「良いんじゃない? だって仕事きっちりやってるんでしょ? なのに、文句付けてきて、あれもしろこれもしろってのは、ただの我が儘だから。そんな要求、いちいち聞いてたらキリが無いよ」  客の要望に精一杯応えるために努力をするのは仕事をする上で当然のことだが――常識外れのサービスへの期待にまでは応えることは無い。扱う仕事の一つ一つにはもちろん丁寧に、それなりの思い入れを込めて接しているが、あくまで仕事だという線引きと「第三者」としての視点を忘れることは決してしてはいけない。でないと、自分の心の方がすり減ってしまうというのは私が仕事を始めてから間もなく学んだことだった。 「ってか、本当にあなたしか出来ない仕事だったら、困ってるのあっちの方なんじゃないの? 今頃、顔青くしてあなたのこと探してたりして。そんな馬鹿な奴らの言うことなんて聞かなくて良いから。ちょっとぐらい困らせてやれば良いんだよ」  責任感を植え付けて、文句をあれこれ言って自信を喪失させて、がむしゃらに頑張らせるのは最低な企業の典型である。ぐずっと泣きながら、彼女が言う。 「で、でも、でもでもでもでも――ちゃんと、見てくれてる人たちもいるし――それがわかってるから、やめられなくて」  私は溜息を吐いた。つまるところ彼女が嫌なのは一部の文句を言ってくる輩だけなのだろう。悪質なクレーマーにでも捕まっているのか。そして、その言葉を聞き流さずに真っ正面から受け取っているから疲れてしまっているに違いない。 「――じゃあ、そのちゃんと見てくれてる人たちのために仕事すれば良いんじゃない? その人たちのためにしか仕事しなくて良いじゃん。馬鹿は無視。何言われようと無視無視! はい、決まり!」 「む、むし……」 「じゃあ、私仕事辞めますけど良いですか? とか、言っちゃえば。ってかね、文句付けてくる奴らはどこに至って文句言いたいだけだから。そもそも、そんな奴らの対応をあなたに一人にさせてる会社もおかしくない? 上司いないの?」 「……上司っていうか、同僚? みたいなの……は、いっぱいいる……」 「じゃあ、そのクレーマー対応は輪番でやってもらえば? だって、あなたの仕事滞ったら皆が困るわけじゃん。現に今も困ってるんでしょ?」 「う、うぅ……」  まぁ、赤の他人のことだから私もこうして好き勝手に言えるのだけれど。  ウェディングプランナーという職業は、他人の幸せな思い出づくりを助ける仕事であるが故に、ある種の責任がつきまとうし、仕事の出来に手放しのお礼を言われることなんてあまり無い。それでも、私が辞めずに踏ん張っているのは、その中で取りこぼしそうな小さな喜びとお礼の言葉を糧に出来るからだ。仕事と割り切るほど、仕事に幻滅していないのは、私のささやかな幸せであり長所だと思う。  ――まぁ、その仕事が絶賛崖っぷちなのだけれど。  ウェディングプランナー一本で長らく勤めていたせいで、潰しが効かない。コンビニバイトに転落する日も近いかも知れない。  思わず溜息を吐いたところで、横の彼女が顔を上げた。 「あ――」 「うん?」  ばたばたという足音と共に、男二人が物陰からぬっと現れた。 「探しましたよ、テル!」 「勘弁しろよ、テル姉ちゃん!」  少年が二人、と思ったが瞬きをすればそれは立派な二人の青年だった。面立ちは目の前でぐずぐず泣いている彼女によく似ている。一人が姉ちゃん、と呼んだということはきっと彼女の身内なのだろう。 「ツっくん、スーちゃん……」  青年たちのあだ名らしきものを呟いた彼女が、また盛大に泣き出した。私のハンカチは瀕死を通り越して、とっくに死んでいる。あーあ、結構気に入っていた奴だったのに。思っていると、身内の遠慮の無いやり取りが目の前で繰り広げられた。 「あなたって人は! いきなり姿を消すから皆心配したでしょう! どれだけ探したと思ってるんですか!」 「ご、ごめんなさいぃぃぃぃぃぃぃ、ツっくんんんんんんん!」 「もうテル姉ちゃんいなくなってから、色んな奴らが俺のところに来るんだけど! またお前何かしたのかって! 俺、今回完全に無罪だよな!? 何もしてないよな!?」 「ご、ごめん、スーちゃんんんんんんんんん! してない、スーちゃんのせいじゃないからあああああ!」  泣きながら謝罪する彼女を、両側から抱え上げるようにして立ち上がらせたところで、ツっくんと呼ばれていた男の方が、今更のように私の存在に気が付いた。 「どうも、テルが大変ご迷惑をかけたようで」  丁寧に頭を下げられるのに、苦笑をしながら私も腰を上げる。こんなに派手な感動の再会を繰り広げられてしまっては、ハンカチのことを持ち出すことも出来ない。仕方がない、諦めようと私はひらりと手を振った。 「たまたま暇だったのでお気になさらず」  では、と立ち去ろうとしたところでスーちゃんと呼ばれた弟らしい男が彼女の手の中に目をやって声を上げる。 「テル姉ちゃん、そのハンカチ、どうしたの?」 「か、貸してもらった……」 「うえっ、ボロボロじゃん! どーすんだよ!?」  ――弟よ、余計なことに気付いてくれるな。  面倒くせぇ、と顔を歪めたところでツっくんと呼ばれた方が神妙な顔をこちらに向ける。 「どうもすみません、テルが……」  必要以上に頭を下げる相手に、私は張り付けた笑みを浮かべて言葉を返す。 「いえいえ……ハンカチ一枚ですから、お気になさらず……」  それだと言うのにツっくんの顔は、生真面目から崩れない。 「お礼と言ってはなんですが――私たちに出来ることでしたら、なんでもさせていただきます」 「えぇ……いや、結構です。大丈夫ですから」 「いえいえ、テルの恩人を手ぶらで返すわけにはいきません。どうぞ、なんでも仰って下さい」  なんだ、その義理の堅さは。思いながら真面目に対応するのが面倒になって、私は「なんでも」という言葉を拾って投げやりに言う。 「そうですねぇ――だったら、明日からすかっとした夏晴れがみたいですねぇ。ついでに、私の大事な仕事の日も、全部晴れにしてくれれば」  ありがたい、と言うよりも先に、しょぼくれた犬のようになっていた彼女――テルが勢いよく顔を上げて、犠牲になったハンカチを握り締めながら言った。 「がっ、がんばります!」 「……はい?」  頑張るって、何を? 頑張ったらなんとかなるのか、それは。  聞き返すよりも先に、テルとツっくんとスーちゃんの三人組は私の目の前から消えていた。 「……ん?」  私は思わず瞬きをする。昼間だというのに真っ暗な空。そして、街灯の光に照らされて薄暗く浮き上がる鳥居と石畳の道。その奥の神社の本殿は、よく見えない。 「んん?」  私は思わず辺りに首を巡らせた。  しん、と静まりかえった路地には人の気配がまるで無い。「臨時休業」の札がかかったレストランも、用途のよくわからない建物も。アスファルトの道も全てが沈黙している。  ――白昼夢?  思いながら私は思わず鞄を探る。お気に入りのハンカチは確かに私の手元から消えていた。ついに私の自律神経にも狂いが生じたのか。思いながら自棄酒をして自宅で眠りこけた次の日。私が目を覚ましたのは――カーテンを貫く眩しい夏の陽射しによってだった。    始まった時と同じく「アマノイワト」と呼ばれる怪現象は唐突に終わりを告げた。  *****  局地的太陽無観測闇夜現象――通称『アマノイワト』事件からちょうど一年が過ぎた。あの現象に対する科学的な説明はなされておらず、各国の学者が『今世紀最大の謎』として原因の解明に勤しんでいる。  喉元過ぎれば熱さを忘れる日本人たちは、さっさと日常に戻り、相変わらず陽射しが強すぎるだの暑すぎるだの文句を言い続けている。  私の仕事は順調なペースに戻った。いや、むしろ以前より忙しい。祝い事を控えていた反動でか、式や披露宴を挙げる人たちの数が増加したのだ。お陰様で充実した日々を送っている。  ただ、少しだけ――私には気になっていることがある。  私の担当した結婚式の日が、最近必ず晴れるのだ。  別にそれが悪いことだとはいわない。  ただ気になるのは、一度――台風が直撃する筈だった日に、台風が信じられない速度で温帯低気圧に変化して――奇跡的に、予定通り式が挙げられたことだ。  その日に、どうしてか思い出してしまったことがある。  ハンカチをぼろぼろにしながら、泣いていた彼女。  がんばります、という去り際の言葉。  それから、あの三人の名前だ。  テル姉ちゃん。  ツっくん。  スーちゃん。    ……まさか、ね。まさかねぇ?  私は今度、休暇を取って伊勢神宮にお参りに行くことに決めている。  ハンカチ一枚には過ぎたお礼ですので、もう結構ですよ、と。  ――まさか、まさかとは思うんだけど。  一応ね。  念のため、念のため。 END
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