さようなら、レミ

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さようなら、レミ

 金曜日。  一体レミはいつ話をするつもりなのだろうか。連絡はまだ来ない。今週末ならもう連絡をくれてもいいと思うけれど。うがいをしっかりとして、僕はマスクを着けた。明日土曜の夜が本番だ。喉を守るに越したことは無い。 「あれ? 棚橋君風邪?」 「ちょっと喉の調子が悪いんで、ひかないようにと思って」 「予防ね。いいことだと思う」  二年上の先輩がミーティングの帰りに、マスクを着けた僕に声を掛けてくれた。 「ユウマ君、いいかな」  職場の廊下でレミの部署の前を通りかかった時に、レミから声を掛けられた。 「ああ」  レミは僕より先に歩いて、廊下の先にある小さなミーティングルームに入っていく。レミの指先が、空室から在室表示にブラスティックの板を右から左にスライドさせた。  僕はドアを閉めると、間髪入れずにレミに確認した。 「レミ、いつなら話せる? 僕は土曜日の夜はもう用事が入ってて、できたら今日いつ会えるのか決めたいんだ」  ああ、どうして僕らの距離はこんなに遠いんだ。レミは楕円形の机の向こうに行ってしまっている。 「あの、その件なんだけど……」  躊躇いながら切り出したレミの言葉を僕は黙って聞くことにした。 「ユウマ君、ごめんなさい。私、プロポーズ、受けられない。だから、別れてください」  僕は目の前が真っ暗になるというのはこういう事だと思った。  それは、レミに振られたからじゃない。こんな職場のミーティングルームにちょっと入って、立ち話で終わるほど、僕との五年近くは彼女にとって意味が無かったという事実に打ちひしがれたのだった。 「……レミ、僕は……」 君を愛してる。好きなんだ、君といたこの数年間、僕は幸せだった。そう言いたかったのに、レミの言葉がそれを遮った。 「本当にごめんなさい。ユウマ君、大好きだった……」 「ならどうして!」 「ゴメンね、やっぱり、怖いの……するのが、怖いの……!」  レミが堪えていたものを吐き出すように嗚咽を漏らした。僕は震えて泣く彼女に近づいたが、レミは身体を硬くして首を振り、僕を拒絶する。 「お願い、触らないで……!」  僕がレミを抱いても満足できなかったように、レミも僕に触れられて辛かったのだ。ここまで嫌だったなんて、僕は、僕らは一体この年月何をしていたんだろう。  けれど、努力できることはした。一緒にカップルカウンセリングにまで通ったのだ。それでも、レミは僕を受け入れることが難しかった。 「レミ、そんなに、僕が抱くのが、嫌だった……?」 「ユウマ君は悪くないの、ただ、私が、どうしても……怖くて……ごめんなさい……」  何て終わり方だろう。  “大好きだったけど、あなたに触られるのも、抱かれるのも無理です”  それが答えの全てだった。  一緒にいて心地よく、笑いながら暮らしていけるのに、ただ一つ抱き合うことができないだけで、僕らの関係は、僕らの五年近くの月日は、終わった。
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