さようなら、レミ

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 僕は、今年か来年で会社を辞めようと思っていた。単純にレミの姿を見るのが辛いし、リリースされた見城さんのアルバムが結構売れていて、おまけに僕がヴォーカルとしてフィーチャリングされた曲“Tell Me A Lie” がシングルカットされて、客演で歌ってほしい、という依頼がいくつか入ってきていた。だから土日や有給休暇を駆使して東京にレコーディングに向かったりしている。これもバーのマスターと見城さんのおかげだ。  ナオとは結局、あれ以来身体の関係が復活してしまった。いけないと思いながらも、僕を癒やしてくれる女の人はナオしか見当たらなかった。 「ユウマ」 「ん?」  ナオが腕の中で僕を掠れた声で呼ぶ。 「あのね」 「うん」 「こないだ、旦那の面会に行ってきたの」 「うん」  刑務所に行ってきたんだな。それで僕に何を言うつもりなんだろう。あの頃と違って、もう僕はナオを自分のものにできないと理解しているのに。 「無期懲役になってるんだけど……もう当分出てこられないから、離婚しようって言われた……お前はまだ若いから、って――」  その言葉が、レミと付き合う前の僕が聞いていたら、どれだけ嬉しかったことだろう。けれど醒めた頭の考えに反して、僕の腕はナオを抱きしめていた。 「ユウマ、私じゃ、ダメかな……?」  ナオはゆっくりと僕を見上げた。僕の好きな彼女の香水の香りが、ふわりと僕を包む。  ナオも色々な事情があってヤクザの夫と結婚し、水商売をしている。僕だってこの年齢から音楽を仕事にするなんて。僕だって水物の商売だ。ちょうど釣り合っているのかも知れないな。 「ナオ」 「ん……?」 「……本当に、俺のものになってくれるの?」 「……うん。私で良ければ、ユウマのものにして」  僕はナオに深く口づけた。彼女の舌は、花の蜜があったらきっとこんな味がするだろう、といつも思う。  さようならレミ。  僕は何度抱いても僕に応えてくれる人と一生いようと思うよ。  ナオが離婚の手続きを済ませ、百日間の再婚禁止期間を待っている時に、レミから結婚式の招待状が届いた。そもそも、男に触られるのもいやなのに、新しい男を作っていたんだ、ということが信じられなかったし、どうして僕にまで招待状を送ってくるんだろうか、と思うと理解に苦しんだ。  でも同じ社内で長年付き合って別れたのだから、わだかまりを残したくない気持ちも理解できた。別れたことが周囲に知れてから、職場の人たちから、僕もレミも、しばらくは腫れ物に触るようにされたのを覚えている。 「ナオ、元カノから結婚式の招待状が来た」 「ええ? あのプロポーズしたレミちゃん?」 「そうなんだ。行きたくないけど」 「……でも、ユウマ、会社辞めるんでしょ? 音楽の仕事するなら、悪い噂立てられる要素は減らしておいた方がいいわ」 「そうだよな」  ナオのアドバイスもあり、僕は招待状の返信ハガキの“出席”に○をして、“させて頂きます”と書き添え、送り返した。
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