47人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は、今年か来年で会社を辞めようと思っていた。単純にレミの姿を見るのが辛いし、リリースされた見城さんのアルバムが結構売れていて、おまけに僕がヴォーカルとしてフィーチャリングされた曲“Tell Me A Lie” がシングルカットされて、客演で歌ってほしい、という依頼がいくつか入ってきていた。だから土日や有給休暇を駆使して東京にレコーディングに向かったりしている。これもバーのマスターと見城さんのおかげだ。
ナオとは結局、あれ以来身体の関係が復活してしまった。いけないと思いながらも、僕を癒やしてくれる女の人はナオしか見当たらなかった。
「ユウマ」
「ん?」
ナオが腕の中で僕を掠れた声で呼ぶ。
「あのね」
「うん」
「こないだ、旦那の面会に行ってきたの」
「うん」
刑務所に行ってきたんだな。それで僕に何を言うつもりなんだろう。あの頃と違って、もう僕はナオを自分のものにできないと理解しているのに。
「無期懲役になってるんだけど……もう当分出てこられないから、離婚しようって言われた……お前はまだ若いから、って――」
その言葉が、レミと付き合う前の僕が聞いていたら、どれだけ嬉しかったことだろう。けれど醒めた頭の考えに反して、僕の腕はナオを抱きしめていた。
「ユウマ、私じゃ、ダメかな……?」
ナオはゆっくりと僕を見上げた。僕の好きな彼女の香水の香りが、ふわりと僕を包む。
ナオも色々な事情があってヤクザの夫と結婚し、水商売をしている。僕だってこの年齢から音楽を仕事にするなんて。僕だって水物の商売だ。ちょうど釣り合っているのかも知れないな。
「ナオ」
「ん……?」
「……本当に、俺のものになってくれるの?」
「……うん。私で良ければ、ユウマのものにして」
僕はナオに深く口づけた。彼女の舌は、花の蜜があったらきっとこんな味がするだろう、といつも思う。
さようならレミ。
僕は何度抱いても僕に応えてくれる人と一生いようと思うよ。
ナオが離婚の手続きを済ませ、百日間の再婚禁止期間を待っている時に、レミから結婚式の招待状が届いた。そもそも、男に触られるのもいやなのに、新しい男を作っていたんだ、ということが信じられなかったし、どうして僕にまで招待状を送ってくるんだろうか、と思うと理解に苦しんだ。
でも同じ社内で長年付き合って別れたのだから、わだかまりを残したくない気持ちも理解できた。別れたことが周囲に知れてから、職場の人たちから、僕もレミも、しばらくは腫れ物に触るようにされたのを覚えている。
「ナオ、元カノから結婚式の招待状が来た」
「ええ? あのプロポーズしたレミちゃん?」
「そうなんだ。行きたくないけど」
「……でも、ユウマ、会社辞めるんでしょ? 音楽の仕事するなら、悪い噂立てられる要素は減らしておいた方がいいわ」
「そうだよな」
ナオのアドバイスもあり、僕は招待状の返信ハガキの“出席”に○をして、“させて頂きます”と書き添え、送り返した。
最初のコメントを投稿しよう!