47人が本棚に入れています
本棚に追加
キャンドルサービスで、僕と同僚のいる席にレミと新郎がやって来た。
レミの腰を抱いて笑顔で新郎が彼女と共にテーブルの火を点ける。
その時やっと目の悪い僕は気付いた。
彼は……新郎は、一体誰なのかを。
ニューハーフバーの、サリーさんだ。
どうしてわかったかというと、輪郭と、ホクロの位置と、何より、声が同じだったから。
「僕らの結婚式にお越しくださいまして、ありがとうございます」
僕だって音楽を仕事にしようとしている人間の端くれだ。特に僕は歌う人間だから、人の声は忘れない。
そうか、あの酔い潰れた日に、レミちゃん、って呼ばれていたのはやっぱりレミだったんだな。あの声はそうだ、間違いなく、レミの声だった。あの頃から付き合いはあったんだな。上がるまで待とうかな、とレミが言うくらい信頼し、安心できる男。
ニューハーフバーの姿が本当の姿なら、彼は彼女かも知れないが、僕からすれば彼は男だ。女の格好をしていても。今だって新郎として男性然と振る舞っている。
腰を抱かれているレミを見て、どうして平気なのか、の合点がいった。
彼は女を抱かないからだ。
レミは、僕のことは怖いけど、彼から触れられるのは怖くなかった。
話を聞いてくれる自分をおびやかさない男。
そういうことだったんだな。
レミの結婚がお互いの都合がいい偽装結婚に近いものでも構わないと思った。
レミが、幸せならそれでいい。
僕は隣にやって来たサリーさんに小さく耳打ちした。周囲に聞こえない声で。
「レミをよろしく頼みます、サリーさん」
燕尾服を着た、レミの夫である彼は、キャンドルの炎を凝視して一瞬真顔になり、それから笑顔を見せた。
「はい、任せてください、もちろんです」
その後、僕は会社を辞め、ナオと結婚した。
動画サイトには、僕がレミとサリーさんの結婚式で歌った、僕が作詞した見城さんの曲がアップされている。どうやら同僚がスマホで撮って流したらしい。それが何故か再生回数がすごいことになっていて、またそこから歌の依頼が入ってきた。
しばらくは客演をこなしてレコーディングの作法に慣れ、人脈を広げることに徹した。それを一年ほど続けていたが、インディーズミュージシャン、という立場には変わりが無かった。
「事務所立ち上げるから、うちの事務所でやってみないか。もう一人で十分頑張っただろう。そろそろプロとして本格的に活動しろ」
その頃、個人事務所を立ち上げた見城さんから声が掛かって、僕はそこにシンガーとして名を連ねることとなった。
僕が初めてのアルバムを出した時に、レミとサリーさんから連名で暑中見舞いが届いた。そこには、“私もケントもユウマ君のファンです! アルバム買ったよ!” とレミの几帳面な字で書いてあった。
最初のコメントを投稿しよう!