午前3時40分の客

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 店の駐車場に、今日も1台のバイクがやってきた。俺は店内の掃除を切り上げて、レジに戻る。時計は見なくても時間は分かる。午前3時40分に、その男は来る。  「おはようございます」  いつものいらっしゃいませ、ではない。この人に対してだけは、こう呼びかけている。  「おう」  いつものようにぶっきらぼうな返事が返ってくる。俺の前を一度通り過ぎ、いつもの缶コーヒーとパンを手にしてレジにやってきた。  「360円です」  金額もいつもと同じ。  「スイカで」  このやりとりをもう毎回繰り返しているか分からない。  「ありがとうございます」  男は店を出て、原付にまたがってまだ暗い町に消えていく。  入れ替わるように、別の男が入ってくる。  「いらっしゃいませ」  パーカーのフードをかぶったまま、男はしばらく雑誌コーナーで立ち止まった後、サンダルを引きずる音を立てながら、店内を1周してレジにやってくる。カゴに入っているのは、カップ麺と水とお茶。  「680円です」  男は黙って現金を出す。  「ありがとうございました」  この間一言も発しないまま、店を出て行った。  このコンビニでバイトを始めたのは先月。始めてすぐに、午前3時40分になると必ず2人の客が来ることに気づいた。昼間のシフトに入ったとき、店長にこの話をすると、2人のことを教えてくれた。  バイクで来るのは山本さん。青果市場で店を持っているおじさん。朝が早い市場への出勤前に買い物に来る。  パーカーの男は林さん。店長の息子さんの同級生で、20代半ば。ひきこもりがちで、単発で何かのバイトをしているときもあれば、そうでないときもある。最近は働いていないらしい。なぜいつも決まった時間に店に来るのか、一度店長が聞いてみたところ、返ってきた答えは「時間を決めておかないと家を出るきっかけがつかめないから」とのこと。元来は真面目な人らしい。  そういうわけで、深夜バイトに入るときは、必ずこの2人と出くわす。  その日も、暗闇をバイクのヘッドライトが切り裂いて、いつもの時間に山本さんが来た。ただ、買った物がいつもと違った。いつもは、缶コーヒーとパンをカゴに入れずに直接持ってくるのに、今日はカゴに入れている。数も多い。  「720円です」  どういうわけか、缶コーヒーもパンも、同じ物を2つずつ買っていった。  いつもと違うことが続いた。山本さんと入れ替わるように来る林さんが4時になっても来ない。店の外に出てみた。冬から春になろうとしているこの季節、空は全然明るくなっていない。無人の駐車場が、闇の中で広がっているだけだった。  1週間ぶりに深夜のシフトに入ったその日、俺は時計を見ながら、午前3時40分になるのを待っていた。  入店のチャイムが鳴る。入ってきたのは、林さん。  「いらっしゃいませ」  空のカゴを入り口で取って、レジの前を通り過ぎる。今日はパーカーではなく、上下ジャージで、足下もサンダルではなく靴を履いている。いつもは立ち寄らない缶コーヒーのフリーザーと、パン売り場でしばらく物色した後、レジにカゴを持ってきた。  「720円です」  いつも山本さんが買う物と同じだった。  「スイカで」  ポケットからスイカを取り出している。  「ああ、タッチお願いします」  どうなっているんだ、これ。いつも山本さんが買う物が2倍になって、今度は買う人が林さんに変わった。  そんな俺を気にすることはなく、林さんは店を出た。  その日は山本さんが来なかった。  次の日、同じ時間。今度は山本さんが入店してきた。  缶コーヒーとパン、2つずつ。  たまらず俺は聞いてみた。  「あの、昨日同じ物を、別の男の人が買っていったんですけど、何か関係あるんですか?」  「ああ、これな。ちょっと駐車場、来てみな」  言われるままに、山本さんの後に続いて店を出た。  バイクのそばに、林さんがいた。  「あれ、林さん?」  ども、という感じで少しだけ首が動く。  「この兄ちゃんとこの時間、よく駐車場ですれ違うからよ。仕事ないならウチで働かないかって声かけてみたんだ。こういう時間の仕事だろ、なかなか人集まらないからな、人手不足だったんだ」  「じゃあ、買う物が2倍に増えたのは」  「働いてみるっていうから、俺の分と、こいつの分」  「昨日林さんが来たのは」  「別の用事があったから、先に買い物してもらってた」  「そういう、ことですか」  「そう。何ならあんたも、ウチで働くか?この店より時給いいぞ」  林さんを後ろに乗せて、山本さんのバイクは出勤していった。  店に戻り、俺はシフトを確認した。来週は、深夜帯に入っていない曜日が2回ある。  その日は、いつもの缶コーヒーとパンを3つずつ買って、午前3時40分に店の前で待っていようかと思った。
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