第2章 知らない世界と、怪物と

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 頭には、昔話に出てくる鬼が持つような、ゴツい角。  手には、丸太なんていうちゃちな表現じゃ足りないような、デカくてぶっとい棍棒。  そして、何より特徴的なのが、顔のど真ん中にドンッと存在する、大きな一つ目。  血色の悪い、大きな体を揺らしながら、そいつはどんどんこっちへ向かって来る。  手にした棍棒を気まぐれに振り回すたび、うっそうとした森の木々が折れて、倒れていく。  そこを住処(すみか)にしていたんだろう小鳥たちが、ピイピイと高く鳴いて空を逃げまどう。  それを視界にとらえた怪物の目が、きゅっと三日月の形に細められたかと思うと―― 「(あっ……!)」  空気を切りさき、風を起こしながら、勢いよく振り抜かれた棍棒。  それが過ぎ去ったあとに、逃げ切れなかった小鳥たちの、色とりどりの羽根が、無残に散っていくのが見えた。 「ひでえ……!」  いきなり住処をめちゃくちゃにされて、しかも、気まぐれに痛めつけられて……。  あんなちっちゃな鳥たちに、何てことしやがるんだ!  そうして怒鳴りつけてやりたい、っていう衝動が、あいつにも伝わったんだろうか。  一つしかない怪物の目が、ぎょろりと俺のほうを向いた。 「……はは……は」  乾いた笑い声が、そうしようとは思っていないのに、勝手に漏れ出ていた。  おいおいおい。  さすがに、これは夢だよな? 夢だって言ってくれ。  そんな願いもむなしく、一つ目の巨人は、俺を踏みつぶしてやろうとばかりに、そのどデカい足を上げる。 「おわぁああ!?」  とっさにかけだして、何とかデカブツの足元から逃れる。  うなりを上げて振り下ろされた足が、ものすごい音を立てて、俺の真後ろの地面を踏みしめる。  恐る恐るその跡を見やると、ヤツが踏みしめたあとの地面には、えぐれたような足跡が残っていた。  ……これは…… 「逃げるが勝ちだぁ〜〜〜ッ!」  ここにいちゃマズい!  踏みつぶされたら死ぬ! かすっても多分死ぬ! いいとこ致命傷だ!  そう思った俺は、猛然と森の中を走りだした。  いのちだいじに。危険を感じたら即撤退。冒険者の鉄則だ。  けど、本当にここ、どこなんだ!?  さっきは異世界だなんだって手放しに喜んじゃったけど、今はどこに逃げれば安全かが分からないことへの不安のほうが大きい。  とにかくめちゃくちゃに走り回っているけれど、森の出口は全然見えてこない。  ああもう、どうすりゃいいんだよ!?  考えながら走り回るうち、体力にはそこそこ自信のある俺も、さすがに疲れてきた。  足が重い。息が苦しい。  でも、走るのをやめたら、多分死ぬ。絶対死ぬ!  とにかく、なんとか逃げ切らないと――そう思って、焦ったのがいけなかったんだろう。 「うわっ!?」  不意に、足がもつれて、盛大にすっ転んでしまった。  すりむいた膝がヒリヒリして、痛くて熱い。ついでに鼻から地面にダイブしたから、顔面も痛い。 「いってえ……」  のろのろと体を起こした瞬間、背筋がゾクッと震える。  振り返ると、そこには、極太の木の棍棒を振り上げる怪物がいた。  その棍棒の影は、確実に俺をとらえている。  ……うそだろ?  殺される――そう直感した瞬間、棍棒が振り下ろされようとする。  逃げなきゃいけないって分かっているのに、体が、動かない。 「う、うわぁああああっ!」  もうダメだ、どうしようもない。  俺、死ぬんだ。  そう思った瞬間に、脳裏に浮かんだのは、夕日の中で指切りげんまんをした友達の姿。 「――ハルカっ!」  ほとんど無意識であいつの名前を呼んだ自分に驚いて、思わず目を見開いた、その瞬間。  ――ザンッ!  肉のさける、聞くにたえないような音とともに、怪物の右の肩口が、大きく切りさかれた。
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