第2章 知らない世界と、怪物と

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 かなり痛かったのか、怪物は、怒りくるったように悲鳴を上げている。  た、助かった……?  目を白黒させる俺の、そして怪物の頭上から、バサバサと大きな音が響く。  それは、例えるなら――鳥が、翼を大きくはためかせる時のような音。 「何だ……?」  音のする方向を見た俺の目に飛び込んできたもの。  それは―― 「ロボット……?」  ――機械的な見た目をした、大きな、黒い鳥だった。  全身が金属でできているようで、その見た目は、よく見るとフクロウに似ている。  真っ黒な翼の中には、ところどころ、深い紫に彩られた羽が混じっていた。  ……いや、それにしたって、でかくないか?  5、6メートルはありそうだぞ、あれ。  俺がまじまじと観察している間に、機械のフクロウは勇ましく鳴き声を上げると、怪物に向かって急降下していく。  よく見ると、その背中には、誰かが立っているのが分かった。  仮面を着けているから、顔はよく分からない。  でも、少し長めの髪をお下げにしている……髪型とか、体格を見る限りは、多分、女の子。  その子は、怪物に向かって伸ばしていた手を下ろすと、逆の手に持った武器――身長とほとんど同じ大きさの大鎌を両手で構える。  そして、急降下していくフクロウが怪物の肩に迫ったあたりで、構えた鎌を思い切り振り下ろした!  怪物の肩が大きく切りさかれ、血がふき出す。  今のが相当痛かったのか、怪物は怒り狂ったように叫び声を上げて、棍棒を振り回した。 「危ねえ!」  俺が思わずそう叫ぶと、鳥の背中に乗った女の子が、ちらっとこっちを見た気がした。 「問題ない」  ほんの少しの唇の動きから、けれど確かに、あの子がそう言ったのが分かる。  実際、機械の鳥はそれらの攻撃をやすやすとかわして飛び回り、女の子は、鳥が怪物に近づくたびに、大鎌でその体を切りさいていった。 「すっげえ……」  大空を飛び回りながら怪物と戦うその姿に、思わずほれぼれとしてつぶやいた。  このままいけば、そのうちあいつを倒せるんじゃないか!?  そんなふうに、呑気に考えていたのがいけなかったんだろう。  ――グォオオオオッ!  傷だらけになった怪物が、ギロリと俺をにらみつける。  そして、くるりと体の向きを変えると、棍棒を地面すれすれに、横なぎに振り払った。 「ゲッ……!」  まずい、よけられねえ!  今度こそ諦めかけた、次の瞬間。 「……!」  女の子が、あせったような表情を浮かべると、急いで機械の鳥に何かを言う。  フクロウは、急旋回すると、そのまま怪物の棍棒の軌道に突っ込んでくる。  そして―― 「っが、は!」  ゴガン! と、硬くて鈍い音が響いた。  女の子が、機械の鳥ごと棍棒に思い切り殴られ、そのまま地面に叩きつけられる。  フクロウたちが横から猛烈な勢いで突っ込んできたからか、棍棒の軌道はそれて、俺に当たることはなかった。  そのかわり、地面にたたきつけられたフクロウと女の子は、無事じゃすまなかったみたいだ。  フクロウのほうは翼が変な方向に曲がっていて、もう一度羽ばたこうにも上手くいっていない。  女の子にいたっては、大鎌を手放したまま、ぴくりとも動かなかった。 「――っおい!」  あわててかけよって、地面に倒れ伏した女の子を抱き起こす。  改めて間近で見るその子は、なぜだろうか、どこか懐かしい気配がした。  ――なんて、感傷に浸っている場合じゃない! 「おい、しっかりしろよ、おい!」  ぐったりとしている体をゆさぶると、女の子は、仮面の下でゆっくりと目を開いた。  お日様にあてた洗濯物のようないいにおいが、ふわりと香る。  このにおい、どこかで……?  思わず首をかしげる俺の腕の中で、ゆっくりとまばたきをしたあと、女の子は、かすれた声で言った。 「……逃げ、て」  その言葉に、思わずハッとした。  あの子たちは、ただ怪物と戦っていたんじゃない。  俺から怪物の気がそれるように、ずっと注意を引きつけてくれていたんだ。  見ず知らずの俺なんかのために、危険を承知で、守ってくれたんだ。  なのに俺、全然気付かないで、この子たちのこと、こんな目にあわせて…… 「……ッ」  自分のふがいなさがあまりに情けなくて、何もできない自分が悔しくて。  強く唇を噛む俺たちの頭上に、影が落ちる。  見上げれば、傷だらけになった怪物が、一つだけの目を細めて、ゆかいそうに俺たちを見下ろしている。  これから、全員むごたらしく踏みつぶしてやろう――そう思っているのが丸分かりだ。  女の子を守るようにぎゅっと抱きしめて、怪物をにらみつける。  ちくしょう。ちくしょう。  俺にも、何かできればいいのに。  この子たちみたいに、戦うことができればいいのに。  ――この子たちを守れる力が、あればいいのに!  ゆっくりと片足を上げる怪物を前に、強く願う。  ……なあ、神様。  俺、この子たちを守りたいんだ。  だから……! 「(俺にも……この子たちみたいに戦える力をくれよ!)」  心の中で声高く吼えた、その時。 『その願い、聞き届けたぜ!』  どこからか、力強く叫ぶ声がして――空が、晴れた。
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