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1 是方大樹(これかた だいき)のむちゃぶり
明日から夏休み……か。
私はいつものように旧校舎の2階の端にある第二音楽室に来ていた。
何もすることがないから、習慣のように足が向いた。
習慣のように……。
いつのまにそんなことになってしまったんだろう。
こんなふうに一つの教室をまるで自分専用のように毎日気兼ねなく使っている。
そんなことしているのは、全校生徒の中でも私だけかもしれない。
でもここは人気がなくて、静かで、落ち着く場所で、私にとってはとても大事な場所になっていた。
1年生の9月のはじめ頃だっただろうか。突然、担任の片岡先生に声をかけられた。
「一宮、お前、部活とかやらないのか。」
「はい。」
「バイトは?」
「……今のところやるつもりはないです。」
「放課後は何してる?」
「何って……。家事……とか?」
そのころ、私は慣れない家事に奮闘していた。
洗濯、掃除、炊事。
特に炊事は、今まではやってはいけないと禁止されていたから、まるでやったことがなくて、おっかなびっくり包丁やコンロと戦っていた。
「まぁ……お父さんもなかなか家のことまで手が回らないかもしれないが……お前ばかり負担じゃないか?」
私は慌てて先生に言う。
「お父さんはむしろやらなくていい、自分がやるからって言ってくれてます。ただ、私がやれるようになりたくて、自主的にやってるだけです。
家族で助け合って生活するのは、当たり前ですよね?
お父さん、仕事、忙しいですし。
時間は私の方があるわけだから。」
片岡先生はふっと笑った。
「お父さん思いのいい娘だな。」
そんなんじゃ……。
私は戸惑って俯いてしまった。
「ほい。」
片岡先生の声とともに、頭のてっぺんを堅い物でつつかれた。
顔を上げると先生が何かを私の前に落としてくる。
思わず両手を差し伸べて受け取ると、それは1本の鍵だった。
「それ、旧校舎の2階にある第二音楽室の鍵。」
「はぁ。」
「気が向いたら行ってみ。それ、預けとくから。」
「は?」
「旧校舎の教室は、ほとんど使われていない。
先生たちの準備室みたいになってる。
第二音楽室はな、俺が自由にさせてもらっている部屋だ。
音大受験志望がいる年には、受験シーズンに練習場所になったりもするが、今のところそういう生徒も今年はいなさそうだ。」
「はぁ……。」
片岡先生(生徒たちには片センって呼ばれてる。)が音楽の先生だというのは、担任だし、知っている。
でも、先生の管理している部屋の鍵を預けられる意味がわからない。
「気が向いたら行ってみろ。
そこにあるものは自由に使ってもらって構わないから。」
じゃあ、と片岡先生は行ってしまう。
私は呆然としたまま手の中の鍵を見つめる。
でも他にしようもなくて、とりあえず第二音楽室に行ってみることにして、それ以降、毎日のように寄ることになってしまっていた。
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