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2 基礎練からどうぞ
翌日。
私は是方に言ったとおり、10時には第二音楽室にいた。
朝起きて、洗濯やゴミ捨てを済ませて、残り物で簡単にお弁当も作って、登校した。
時間こそいつもよりゆっくりだけど、やっていることは学校があるときと変わらない。
でも、長期休みって、生活リズム崩すと新学期が大変だから、これはこれでいいかもしれない。
是方が来ることはあまり期待していなかった。
楽譜をよんでくる宿題は、楽譜をまったくよめない人には辛い作業だろうし、難しそうだと感じれば、弾くなんて夢のまた夢だと思うんじゃないかと勝手に思っていた。
奇跡なんて、そうそう起こせるものじゃないし、ね。
今日は第二音楽室で夏休みの宿題をやって、飽きたら気が向いた曲をさらっておこうと思っていた。
3時くらいには学校を出て、スーパーで買い物。
今日の夕飯は何にしようか。
お父さんは今日は一緒にご飯を食べられるって言っていたし、ちゃんと作りたかった。
「おはよう!」
ガラッと引き戸が開けられる音ともに、元気な声。
私はびっくりして戸口に体ごと向けた。
……是方が笑顔で立っていた。
「お、おはよう。」
来たんだ。本当に。
どぎまぎしてしまった。
「ちゃんと約束通り来てくれてたんだな。さんきゅ。」
是方はそう言うけど、別に是方のために来たわけじゃなかったんだけどなぁ。
「やってきた。これ。」
是方は机にバッグを置き、松葉杖も立てかけると、急ぐようにガサゴソとバッグの中を漁る。
お目当てのものはすぐに見つかったらしく、B5のクリアファイルを取り出した。
挟まれていた紙は、ファイルからはみ出していた。
「見てくれよ。」
是方は私にファイルごと差し出してくる。
私は黙ってそれを受け取り、中の紙を引き出した。
「あぁ。」
私はため息に似た声を上げる。
その紙は楽譜のコピーで、一つ一つの音符の横にドレミをカタカナで振ってあるものだった。
ざっと見ると、ちゃんと最後まで埋めてある。
適当に書いたのかともう一度最初からじっくり見ると、間違っているところはあるものの、ちゃんと考えながら埋めていったんだろうな……と伝わってきた。
「これ、どれくらい時間かかった?」
私は是方に恐る恐る聞いてみる。
「んー、そうだなぁ……。」
是方は視線を上に向け、指を折って考える。
「5時間くらい?」
「5時間!?」
私は思わず大声を上げた。時間かかるだろうとは思うけど、そんなにかけてやったんだ……。
「ひとつひとつ数えて、昨日一宮がくれたヒントとにらめっこしながらやってたら、それくらいかかったわ。」
是方はニヤリと笑う。
「家の人に手伝ってもらったりは?」
「するわけないだろ。それじゃ、ズルじゃん。」
まぁ、そうなんだけど……。
「で、どうよ。その気になった?」
是方が期待に満ちた目で私を見つめる。
……なんか……エサを待つ大型犬みたいだな、ってふと思ってしまった。
「あのさ、確認なんだけど。」
私は戸惑いながら、是方に質問する。
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