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「何?」
「是方の家って、ピアノある?」
「妹がやってるから一応あるよ。」
あ、そうなんだ。
「家でも練習はできるんだね?」
「え??」
是方は、げっという顔をした。
「ここで教えてもらうだけじゃダメかよ?」
「ダメに決まってるでしょ!」
私は思わず強く言い返してしまう。
「ピアノのレッスンだって、家でも練習をするから生きてくるのであって、別に習っていれば誰でもうまくなるわけじゃないんだよ。
柔道のことだって考えてよ。
部活だけで是方は強くなったの?」
「え……あ……そうだな。
えっと、部活外でも別の道場行ったり、ランニングしたり、家では筋トレしたり?」
「そう、それ! ピアノだって、地道な努力は必要なの!
基礎練がいるの!」
私はピアノの前に座り、ハノンの1番をできる限りの早さで弾く。
単純な運指の繰り返しだけど、指を動かす練習で基礎中の基礎としてやらされたものだ。
「これ、弾けるようになってきて。明日まで。」
「は?」
是方はあっけに取られた顔で私を見る。
「これ、明日までに弾けるようになれば、レッスンしてあげるよ。
どこまで期待に添えるかわからないけど。」
「え、マジで?」
是方は食い気味に私の方へ寄ってきた。
「弾けたらね。」
私はピアノの椅子から立ち上がり、是方に譲った。
是方がピアノの前に座る。
「さすがにさっきの早さで弾けとは言わない。
通しで引っかからずに弾いてくれればいい。
ただあんまりゆっくり弾かれても意味が無いから、それなりの早さは欲しいな。」
私は、是方の右隣に立ち、是方の前に両腕を差し込んで、今度はかなりスピードを落として弾いて見せた。
「ね? こんな感じ。」
是方は恐る恐るといった感じで鍵盤に手を乗せる。
「……どの音から?」
「右手は親指がここ、左手は小指がここ。」
どちらもドの鍵盤に指を乗せる。
「両手は同時に同じ音を弾いていくから、とにかく弾く音さえ間違えずに順序よく指を動かしていけばいいの。」
右手の親指を弾いた後、人差し指は二つ隣の音を弾き、あとは順番に上がって下りる。
その動きを繰り返してみせる。
「そしてここまで行ったら、今度は下りてくる。」
一通り教えて、是方も弾いてみるけれど、同じ音を弾いているはずの右手と左手はすぐにバラバラ。
隣の鍵盤を弾けばいいのに、違う鍵盤を弾いてしまう。
それはそれは散々な状態。
「くっそ。自分の指なのに言うこと聞いてくれねー感じだ。」
かなり悪戦苦闘している。
「そりゃ、ね。そう簡単じゃないよね。」
私は自分でやらせておいてなんだけど、気の毒に思った。
「……やめてもいいんだよ?」
「やめたら教えてくれないんだろ。
絶対弾けるようになってやる。
明日まで。」
是方は、何度も何度も挑戦を続けた。
「まずはすごくゆっくり弾いて、曲を覚えて。」
私のアドバイスに素直に是方は従う。
どうしてこんなに熱心に続けられるんだろうというくらい是方は、一心に繰り返し繰り返し曲に挑んでいく。
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