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テイクアウト不許可
新型コロナウイルスの蔓延がなかなか収まらず、緊急事態宣言の延長が決まった。
酒類を提供する事を主なサービスとする店には、終日休業するよう命令が出された。
経営者の男が店長と、ガランとした店のテーブルをはさんで深刻な表情で話し合っていた。
「これは死活問題だ。こう何度も長期休業をさせられては、もうじき運転資金が底をつく」
経営者の言葉に、店長も沈痛な面持ちで言った。
「従業員の生活もありますしね。彼女たちの懐具合も限界のようですし」
その時、何気なくつけっぱなしにしていたテレビから、ニュース番組のアナウンサーの言葉が流れてきた。
「長引く休業や時短営業を余儀なくされている飲食店の中には、テイクアウトの商品に活路を見出そうという動きが広がっています」
その若い女性アナウンサーのコメントに合わせて、居酒屋や焼き鳥屋が新しく売り出したパック入りの商品が映し出された。
それを見た経営者が突然バンとテーブルを叩いた。
「これだ!」
店長は驚いて訊く。
「どうかしましたか?」
「うちもテイクアウトをやるんだ。お持ち帰りなら、命令違反にはならんだろう」
「なるほど! その手がありましたね」
「君、すぐに役所に問い合わせろ。多分、何か届け出とかが必要になるかもしれん」
「分かりました。すぐに問い合わせます」
翌日、同じ場所に経営者と店長は、やはり沈痛な面持ちで向かい合って座っていた。経営者が力なくつぶやいた。
「どうしても許可は下りなかったか」
店長は悔しそうな表情で吐き捨てた。
「役所はどうしてこう、杓子定規なんですかね。それをやりたいなら、別の法律の許可が必要だと言いやがった。それも、そう簡単に取れるやつじゃない許可を」
「まあ、うちの店でも休業補償がもらえる事が分かったんだから、何もしなかったよりマシだと思う事にしよう。当分、休業のままだな」
経営者の男は店から出て、エレベーターホールで、自分の店の看板を見つめながらため息をついた。
「まあ、よく考えたら、うちの業態でテイクアウトというか、お持ち帰りは最初から無理があったのかもしれんな」
重厚な扉に埋め込まれた金色のプレートにはこう記されていた。
「キャバクラ 江部利素多」
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