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「べつに、隠すようなことじゃないのに」
「なかなか、きっかけがなくて」
「じゃあ今が、きっかけやね」
からからと笑った祖母を見て、由衣は「もしかして……」と考えを述べた。
「おばあちゃんとお母さん、血が繋がってないの?」
「そうだよ。おばあちゃんは三人子どもを抱えたおじいちゃんと、結婚したのさ」
初めて知る事実に、由衣の心が不思議な反応を示した。
母も昔、あの沢まで一人で行ってまわりを困らせたという。しかもその時は蛍がまだいて、「本当のお母さん」じゃない今の祖母が見つけたという────これは、偶然だろうか。
「お母さん……そのとき、白いワンピース着てた?」
「え、なに、急に。そんなの覚えてないなぁ」
母がそう答えた時だった。
ふわり、と淡い光が現れた。
それは、由衣のワンピースの裾から現れたように思う。
一匹の蛍だった。
小さなそれは螺旋を描くように母に近づく。揺れるように母の顔のまわりを飛んで、肩に止まった。
由衣は、声が出なかった。
祖母も、声を出さなかった。
蛍は母と視線を合わせたかのように、強弱をつけて体を光らせると、また宙へと飛んでった。
ふわりふわりと、揺らめきながら──飛んでいく。
「…………お母さん……?」
母がぽつりと声をこぼした。
その目が少し潤んでいるのを、由衣はぼうっと見つめた。
あの子はお母さんを見つけられただろうか。見つけてもらえたのだろうか。
ひとつだけあったその心配が、由衣の心からすうっと消えていく。
少女はきっともう、大丈夫。
あの後に、第二の母となる人が迎えに来てくれたに違いない。
そして「本当のお母さん」にも、今、見つけられたのだから────。
そう思うと由衣は何だか嬉しくなって、祖母とも手を繋いで、串団子のようにぎゅっと二人を自分に寄せてから母に声をかけた。
「お母さん、行こう!」
「……う、うん」
母はまだ少しだけ、ぼうっとしている。
きっと、由衣が母に見つけられ、抱きしめられた時のような幸福を感じているのだと──なぜか思った。
由衣は空を見上げる。
蛍は星に溶けて、消えていた。
終
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