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八月の夏休みは、いつも母の故郷の田舎に帰省をしている。
関東の山奥の農村で暮らす祖父母は、由衣の目から見ても若々しくて元気だ。それに加え、万里伯母さん夫婦と息子の三兄弟たち、樹伯父さん夫婦と高校生の一人娘を合わせれば、そうとうな人数とエネルギーが田舎の一軒家に集まることになる。
いまや十二畳の茶の間は、わらわらと人が混み合い芋を洗うようだ。
「あ、それオレが狙ってたのに!」
「こういうのは早いもん勝ち!」
「へぇ、兄さん昇進したの? やるぅ」
「ありがとう。万里こそ、正社員登用の話はどうなったんだ」
「ああ、来月からスタートでね……」
「このスイカ甘いねぇ。佐藤さんとこ、どこの苗で作ったんだろ」
「いつもの生協じゃなくて、ネット通販らしいよ」
わいわい。がやがや。ぺちゃくちゃ。むしゃむしゃ。
蛙よりもやかましい話し声は、由衣の存在をさらに薄くさせた。ふだん双子のせいで薄いそれはもはや、水を入れすぎたカルピスよりも薄い。せめてここに父がいれば由衣の居場所もできたのに、こんな時に限って父は海外出張だ。お父さんはまったく頼りにならない、と冷たく由衣は八つ当たりをした。
ふと、由衣の肘にまでスイカ汁が垂れた。
ほのかに赤い汁は、ベタつきそうで不快だ。拭おうとティッシュを探した由衣は、母の近くにあることに気づいた。柚乃を挟んで横にいる母に、声をかける。
「お母さん、ティッシュ取って」
しかし母は、となりの柚乃の口を拭いているせいか聞いていない。
「お母さん、ティッシュ」
もう一度言うけれど、今度は向こう側にいる静乃の「ママ、おいしいね!」に邪魔されてかき消された。
ああ、もう、やってらんない。
急にむしゃくしゃして、由衣は突然立ち上がってみせた。やっと母が「由衣、トイレ?」なんて聞いてくる。
トイレ? どうしたの、じゃなくて、トイレって決めつけるわけ。へえー、ふうーん。
イライラの虫が治まらなくて、由衣は母を見ずに「トイレ!」と返した。肘はやはり、不快なままだった。
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