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「あなた、この近所の子?」
「うん」
「一人?」
「そう」
「誰かに言ってきた?」
「……ううん」
「えっ、じゃあ心配されてるんじゃ」
そこまで言いかけて、由衣はハッと口を閉ざした。そして、苦笑する。
「……って、わたしも同じ立場だった」
えへへ、と笑うと、少女はようやくこちらを見てくれた。丸い黒曜石のような瞳とぶつかる。
「あなたも?」
「うん。こっそり出てきちゃった」
由衣は近づいて、沢の近くに腰を下ろした。つられて少女もとなりに座り、二人して沢と向き合う。
「あなたはどうして、ここに来たの?」
何となく心が落ちついた由衣は、少女に聞いた。ぽつり、と少女は話す。
「……お母さんを探してるの」
「お母さん?」
「うん。この光の中に、いるはずなのにな」
光?
由衣が首を傾げたとたん、それまで気づかなかった灯りが目に入った。
どうして、気づかなかったのだろう。
沢には、たくさんの蛍がいた。
「えっ、すご……!」
都会っ子の由衣にとって、現物の蛍を見ることは初めてだった。思っていたよりも弱い光で、強弱をつけて揺らめく生命の灯りが、沢のまわりに散らばっている。
「ここ、蛍いるの!?」
「うん。近所の人ならみんな知ってるよ」
「そうなんだ」
お母さんからそんな話は聞いたことはなかったけど、教えてもらってないだけだろうか。帰ったら聞いてみようかな。
そう考えて、由衣は唇を噛みしめた。無意識に母を思う自分の心が、不憫なように思えた。そして、その後にやっと気づく。先程の少女の言葉の意味を。
「この光の中にお母さんって、ことは……」
「うん。お母さん、死んじゃった」
蛍の光には、死者の魂が宿っている。
そんな俗話を知る少女の背景を思うと、由衣は切なくなった。サンダルの先を、きゅっと足指で擦る。少女はさらに、言葉を続けた。
「近づいてくれた蛍は、その人に関係する死者の魂を宿す蛍なんだって。でもここにいても、近づいてくれる蛍はいないから……ここには、お母さんはいないんだ」
母の魂が宿る蛍を見つけたくて──見つけられなくて、少女は泣いていたのか。
そう思うと由衣はまた切なくなって、膝小僧を抱えそうになった。でも、ピンッと両足を前に出してみせた。少女を、元気づけたくなったから。
「きっとまだ、見つけられてないんだよ」
「え?」
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