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透の原体験には、幼い頃の貧しさがある。 若くして透を産んだ両親は、子供を育てていく余裕も知恵もコミュニケーション能力も持ち合わせていなかった。生活保護を受けていたおかげで、最低限の生活が出来ていたくらいだ。 貧しさは人の心を蝕む。 精神的に余裕のない両親から、フラストレーションのはけ口にされていた透は、度々虐待を受けていた。 両親が自分に手を上げるのは貧しいせいだと分かっていた透は、金銭への執着が激しい子供に育った。どん底の生活から逃れるには学歴が必要で、それもトップクラスの学歴が欲しいとなると、勉強が不可欠だった。 貧しさから抜け出したい一心で有名大学へ進学し、一流のメガバンクへと就職をした。望み通り大金を動かす仕事に就いているというのに、仕事にのめりこむと、札束がただの紙切れにしか見えなくなってしまっていたのだ。  新人の頃から抜きんでていた透は、すぐに大きな事案を任されることになる。大口の資金を動かせば動かすほど、金を自由にできればできるほど、人としての柔らかな部分が凍りついていくのが分かる。そして、真っ暗な闇に少しずつ自分自身が堕ちていくのを感じていた。  (まと)まった金を都合つけることもできれば、自分の裁量一つで会社の行方を左右することができる――。  実際、個人的な趣向で会社の金を動かしたことなどなかったが、やろうと思えばできるという全能感が高まるほど、透は闇に吞まれていった。  走っても走っても、闇から逃れることはできない。  墨で塗ったような無明(むみょう)を、ただやみくもに彷徨(さまよ)っていた。 透は、誰よりも自分は金が好きだと思っていた。 けれども、金はただの紙切れだ。 紙幣や硬貨自体に価値など大してあるわけではない。金は物や経験と引き換えるための道具でしかないと気づいたら、出世の先に何があるのだろうかと疑問に思うようになってしまっていた。 ちょうどそんな時だ、一本の電話が入ったのは。 相手は、似鳥(にたどり)エレナという女性だった。 透は大学生の頃に、このエレナの元で暮らしていたことがある。といっても男女の関係などではなく、エレナの夫も一緒に暮らす家庭の中に入れてもらっていた。年齢的にも姉や母親のようなものだ。 エレナからの久しぶりの電話は、透への頼み事だった。レンタル彼氏というサービスを作ったので、透が休みの時にレンタル彼氏として働いて欲しいということだった。 透はそれを断らなかった。レンタル彼氏というものが、一つのビジネスモデルとして興味深いと考えていたからだ。
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