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そこへ、えらく感心した様子のおじさんから、いつにも増して明るいおどけたような声音が放たれた。
「おー、さっすが圭先生ぇ。普段から鍛えてるだけあって、動きも俊敏だねぇ。おっと、いけない。午後一でアポが入ってるんだったぁ。じゃあ、仲良し同期のお二人さん。仲がいいのはいいけど、院内ではほどほどにねぇ」
しかも、予定があるからと、こんな有様の私のことを放置してさっさと立ち去ろうとしている。
それだけでも許せないのに、薄情なおじさんが去り際に放った言葉の内容が内容だっただけに、怒り心頭の私は黙っていられなくなって。
『ちょっと、何とんちんかんなこといっちゃってんのよッ! こら、待てッ! クソじじィー!』
そう言って必死になって大声を張り上げようにも。
当然、窪塚にしっかりと口元を封じられているため、ただただジタバタするのが関の山だ。
お陰で、窪塚に余計に強い力で柱へと押しつけられてしまうことになり、よりいっそうの高密着状態になってしまっている。
おじさんの背中が見えなくなってから、ハタとそのことに気づくこととなった私の脳裏には、あの夜の生々しい映像の断片がフラッシュバックのように次々に浮かび上がってくるのだった。
それは、映像だけに留まることはなく。
うっすらと汗を纏った整った顔を悩ましげに歪めていたときの、凄まじい色香漂う窪塚の表情だったり。
ときおり切れ長の双眸にかかるサラサラの漆黒の髪を手で煩わしげに掻き上げていた窪塚の筋張った腕や仕草だったり。
私の両脚を肩に担ぐように持ち上げて、力強く腰を打ち付けていた窪塚の逞しい上半身だったり。
達する寸前、力強く抱き込んだ私の耳元で、熱い息を弾ませながら余裕なく呻くように放たれた窪塚の声だったり。
他にも、私のことを組み敷いてた窪塚の汗を纏った艷やかな肌や、ほとばしる汗の質感や感触などなど、上げたらきりがないほどだ。
兎に角、何もかもが窪塚のあれやこれやなものだったから。
心臓は、いつストライキを起こしてもおかしくないほどの超高速稼働を繰り広げている。
この高密着状態に、こっちがこんなにも意識しまくっているっていうのに。
窪塚といえば、特に意識している様子もなく、なにやら眼前で頭を垂らして、大きな溜息まで垂れ流している。
おおかた、大声で『神の手』である自分の父親の名前を暴露しようとした私なんかに、バレてしまったことを嘆いてでもいるのだろう。
ーーフンッ、暢気なもんだ。
内心で毒づきながらも、逃げ出すなら今がチャンス。
そう思い、眼前で項垂れてしまっている窪塚の隙を突いて振り払ってやろう、なんてことを企てている時のことだった。
何を思ったのか、いきなり、窪塚が垂れていた頭を上げて私の眼前にグイと迫ってきて。
「両親には感謝した方がいいぞ」
なんとも突拍子のないことを言ってきた。
未だ、口元を掌で覆われたままなので、声も出せず、首を傾げる素振りを返すことしかできないでいる。
お陰で、窪塚のあれこれは霧散してくれたからいいが、代わりに私の頭の中は疑問符だらけだ。
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