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いきなり現れるから誰かと思えば、おじさんだったので、ホッと安堵し胸を撫で下ろしつつ、いつものようにおじさんのさほど面白くもないジョーク混じりのトークに話半分。
『あぁ』とか『うん』とか、適当な相槌を打ちながら、心はもう病院から抜け出して帰路へとついていて、我が家までもう数メートルというところで。
「あれー、今度は圭先生みーっけ。もしかして、圭先生も当直後に勉強してたのかなぁ? うちの専攻医はみんな勉強熱心だなぁ」
おじさんのこれまた明るくて空気よりも軽い実に脳天気な声音が清潔感漂う院内のメインストリートに木霊した。
正面でワイシャツにネクタイを締めてその上に白衣を着流しのように格好良く羽織っているつもりでいる、おじさんの視線を恐る恐る辿ってみる。
そんなことしなくても、名前だってしっかり聞こえたし。
「あー、院長先生、お疲れ様です。まぁ、そんなとこです。さっきまで、樹(院長の長男で脳外科医)先生の緊急オペの助手をさせて頂いてたので」
背後に振り返ると同時に、あの男、窪塚圭の姿が視界に映し出されたのだから、逃れたくとも逃げる暇さえなかった。
さっき見かけた外科医の輩と同じロイヤルブルーのスクラブが嫌味なくらいに似合っているのも、なんだか癪だし。
憎たらしいくらいに整った、この顔を見ているだけでも忌々しい。
誰が呼び始めたのか、『脳外の貴公子』なんて言葉がピッタリのあっさりとした小顔に、無造作に掻き上げられ、射し込む日差しのせいで、少し茶色がかって見える柔らかな漆黒のサラサラヘア。
それから、八頭身という、一六〇センチジャストの私が見上げるくらいの、おそらく一八〇センチはあるだろう長身ときてる。
おまけに、『外科医は身体が資本だ』とかいって、医大の頃から鍛えていたせいで、ほどよい筋肉質で均整のとれたスタイルをこれでもかというようにひけらかしている。
……というのは、つい最近、間近で見たくもないのに嫌というくらい目にしてしまった私の主観だけれど、そう見えてしまうのだからしょうがない。
元を辿れば、この男が専攻医という同じ立場でありながら、一段どころか二段も三段も飛ばしてどんどん先へと進んで行くから……いや、そんなの今に始まったことじゃない。
医大の入学時から主席で、それからずっとトップを独走してきて、大学の教授にも一目置かれていたほどの、
『医者になるべくして生まれてきた』
なんて言われてきた、絵に描いたような天才肌の、この男のことがどうにも気に食わなかったのだ。
一番の理由は、弱点をあっさり見破られてしまったからなのだけど。
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