水遊び

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 自転車の運転はすぐに諦めてしまった。 思いの外急な坂道が多くて、一人乗りならまだしも、 二人乗りでは僕の脚が持たない。 だからさっそく、 自転車はその籠にスイカを乗せて運ぶだけの存在になってしまって、 僕はひいひい言いながら手押ししている。  それでも、ユキミくんは楽しそうに道を案内して前を歩くから、 その姿に心も引っ張られて、足も前に進む。 「ほら、あともうちょっとだからガンバって!」 ユキミくんは振り向いて、僕の進捗を確かめる。 スタスタと歩いていく彼と僕の間は10メートルほどで、 彼は意外と歩くのが速かった。  坂の上ははっきり言っていいものじゃなかった。 捨てられた田んぼに雑草が生い茂っていて、 白いコンクリートの道は所々が崩れている。 自然が侵食した人間の領域はどこか色が褪せているように思えて、 捨てられた場所の物哀しい雰囲気が、 この夏の日差しの下でも黄昏の中にあるように僕を錯覚させるんだ。  「ここだよ」 そう言って彼が指差したのは、周りに比べて若干藪の禿げた横道だった。 僕は汗だくになったシャツをパタパタと仰いでいたけれど、 ユキミくんはなんてことない平気だよっと言ったふうに、汗一つ掻いていなかった。  横道は当然舗装されていなかった。 ここの道はとてもじゃないけれど自転車なんかでは通れない。 ユキミくんもそう判断したみたいで、 「この道、自転車は入れないみたい」 「じゃあここに置いておこう」 「倒れないように気をつけないと」 「そうだね」 僕は近くにあった木に自転車を立て掛けた。 盗難の危険性は頭にこれっぽっちも無かったし、 そもそもこの自転車には鍵がない。  籠のスイカはずっしりと重たくて、意外と運ぶのに苦労する。 先導するユキミくんに付いて行って、 柔らかい粘土質の地面を慎重に進んでしばらくすると、 雑木林は開けて川の流れる音が聞こえてきた。  轟々と聞こえるのは多分遠くからの滝の音で、 目の前の川自体は、そこまで流れが速いようには見えなかった。 「すごいきれいな川だね」 僕は川の澄んだ水に感心する。 この手がスイカさえ持っていなければ、 今すぐにでも手を突っ込んでいるだろう。
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