水遊び

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 濡れた重い体で河原に上がる。 ズボンもパンツも全部濡れて、 ぐっしょりとした生ぬるい水気が太ももを撫でる。 夏の太陽はまだ空の上に輝いているけれど、この濡れた服を一瞬で乾かしてくれるほどの熱はないようだった。 たぶん、もう午後の三時はとっくに超えているんだろう。 そろそろスイカを引き揚げて、家に帰ろう。 「スイカ、もういいぐらいだと思う」 「じゃあ持って帰ろっか」 「エツコさんにはどう言い訳したらいいかな」 「正直に言うしか無いよ。あの人は嘘をついたほうが怒るんだ。 ――帰ってすぐ、お風呂に入ればいいよ」 僕はその言葉にドキッとする。その後ろに何が続くのかを期待して。 「一緒に入ろうよ」 その一言で僕の視点は今まで意識しなかったところへ向かうようになってしまった。  白肌に張り付く、濡れて透けたシャツ。 開けた胸元から覗くのは――これ以上はやめよう。  一緒に入ろうなんて、どうしてそんなことを言うんだ。  僕の頭からは熱に浮かされたようにダラダラと汗が吹き出てくる。 幸い、ずぶ濡れたおかげで不自然さはまったくない。  僕は精一杯平常を装って、 「帰ろう」 と、立ち上がって、すたすたと歩きだす。 「まって」 僕は振り返る。 「カギ、落としちゃったかも」 「もしかして川の中?」 「わかんない」 慌てて僕は戻る。心当たりのある場所を確かめる。 スイカを浸けていた溜まりも見たけれど、それらしいものは一つも無かった。  「やっぱり川に落としちゃったのかな」 「流されたのかもしれないね」 「どうしよう」 「合鍵なら無くしても大丈夫だよ。 エツコさんもそんなことで怒ったりしないはず」 「でも、あれは……」 ユキミくんは深刻な顔をして、川の中に入っていく。 こうなればもう、僕の説得は意味を成さないということはすぐに分かる。 じゃぶじゃぶと入っていって、 微塵も服が濡れることなんて気にせずに川底を漁っていく。 僕もただ見ているだけとはいかないから、 もう濡れているズボンの裾を意味もなく捲し上げて、 川の中に入っていく。  最初にあった雑念――溺れるとか、川遊びなんてはしたないとか、 そんな気持ちなんてすっかり抜け落ちていて、いつの間にか無心で鍵を探す。 それでも思うところはあって、 あれがたった一つの家の鍵だったとしたなら分かるが、 たぶん合鍵だろうにどうしてそこまでしてユキミくんは焦っているのだろうか。  そう考えていると、一瞬、なにか光るものが見えた気がした。 どこまでも流れていく水の隙間に埋まる光の筋。 きっと金属光沢だ。なんだ、流されていなくてよかった。 そう思って、僕は手を突っ込む。  なにかが僕の手に触れる。 金属でも、石でも、砂でもない、 おおよそ川の底には無いだろう感触が、 僕の肌を伝って、ブルッとした悪寒と一緒に頭の天辺を抜けていく。 手に触れたものの正体について、 僕の記憶はすぐさま答えを導いてしまったけれど、 肝心の僕自身はその結果を認めようとしなかった。 魚かなにかだろう。 たしか川魚の中に、 銀箔をベッタリと貼り付けたようにギラついたヤツが居たはず。 きっとその類の魚、あるいは死体か。 僕はその推論を確かめるために、 もう一度川の中に手を突っ込もうとする。 ……。  「あった!」大きな声。  僕は振り返って、彼を見る。  よかった、と僕は口にした。  今度こそ帰ろう。スイカももう、十分に冷えて食べごろだろうから。  立ち上がる。  中腰の姿勢だったから、気づかないうちにお尻が濡れていた。  ぎゅっと、何かに足を取られた。
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