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屋敷のすこし奥にあるユキミくんの部屋は、裏山に面していた。
部屋の窓ガラスの向こうには、緑の斜面がほのかに発色していて、
耳を澄ますとぴちゃぴちゃと夜露の滴る音が聞こえる。
僕の部屋はエツコさんの部屋の隣だった。
だから、僕たちの秘密を守るには、彼女から離れる必要がある。
軋む床にその都度びくりとしながら、僕は先に、彼の部屋にたどり着いていた。
ここは人の匂いが濃かった。
屋敷全体に漂う木材と漆の薫に勝って、
彼の名残りが、あの花のような香気が漂っている。
僕の知らない匂い。
ここが現実から離れている場所に思えてしまう。
それでもやっぱり、人間の生活している証拠は確かにあった。
ゴミ箱の中には沢山の紙くずだったり、他にも色々入っているし、
読みかけの本たちは、遠い昔に栞を挟まれたままに畳の上に積み上げられている。
解きかけの宿題が机の上にそのまま置いてあるのを僕は覗いてみるけれど、
数学の問題だったから、そっと見なかったことにした。
言い訳がましいけれど、
こんなところで頭を使って、冷静になりたくなかったんだ。
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