真夜中

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 「ちょっと待ってて」と別れてからもう十分ほど経つけれど、 その間も僕は興奮しっぱなしで、 これから起こる『何か』に期待して、心臓が爆音を鳴らす。 このままじゃ高血圧なんかでぶっ倒れてしまいそうだ。 幸い、僕が意識を失う前に彼は戻ってきた。 天色の麻の寝巻を羽織っている。 僕はそんな彼の姿をいつも、 それこそさっきだって見ているはずなのに、 今だけは特別な印象を感じている。 若干湿った黒髪――濡鴉のまだよく乾かないままに、 少し赤く火照った顔を見せて彼は言う。 「なんだか恥ずかしくなってきたかも」 僕もそうだと言うと、彼は笑った。 「初めて同士、優しくしてね」 「うん。頑張るよ」 頑張るよってなんだ。 即反省。 僕は何も知らないし、 どことなく雰囲気的にはリードされる側な気がする。 実際、僕の直感は正しくて、 やっぱりユキミくんが僕に手を伸ばして、 この体を優しく抱いてくれた。 さっきよりも、熱い。 人とこんなにも近づくなんて、物心ついたときからなかった。  それは恥ずかしいことだから。  失礼なことだから。  大切なことだから。  バクバクと鼓動が激しくなるのが自分でもわかって、 彼の胸に顔をうずめて隠そうとする。  ふと、あの自転車の時を思い出す。 下っていく止まらない自転車の恐怖は、 けれど彼の笑顔で消え去った。  それと同じことが、今また起きたような気がする。 恥ずかしさや後ろめたさがスッと心のどこかに引いていって、 僕はやっと初めて、彼の目を見れた。  僕を見下ろす、真っ黒な瞳。  綺麗すぎて、冷たいんだ。  その凍てつく白肌にそっと手をやって、 僕は、 自分から、 唇を重ねた。
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