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田んぼの横を通る、農業用水の柵のない危なさに恐る恐る水底を見れば、
黒いイモリが二三匹いた。
「おーい」
背中をトンと叩かれる。
うわ、っと飛び退いて、僕は犯人を見る。
「ごめんごめん」
そうやって悪気なく言う黒縁眼鏡の男性は、
僕の従叔父に当たる人で
ヤスオさんとお母さんたちが呼ぶ人だった。
「もう、やめてくださいよ。死ぬかと思いました」
「ビビリだなあ。これぐらい落ちてもなんともないよ。
僕も何回か落ちたことあるけど、ぜんぜん大丈夫だったから」
そりゃあ、大人と子供の体格――と言っても高校生と成人じゃそう変わらないかも――じゃあ、結果も違ってくるだろう。
僕はそう不満を言ったが、相手はハハハと笑うだけだった。
「タツオくんだってもう十分大人だろう」
「ヤスオさんほど大きくないですよ」
「自然とこうなるんだよ。
腕とか――胸もだな――だって、
ここに来る前より一回り大きくなった。
アルバムにある前の僕を見たら、別人だって思うはずさ」
たしかに幼い頃の記憶には、こんな胸板の厚い大人は居ない。
「じゃあ家に着いたら、」と僕は返した。
「ところで、何見てたんだい」
「イモリ、かな。たぶん」
「ああ、あれかい」指差す向こうには、一匹増えて四匹のイモリ。
「アカハライモリっていうやつでね、きれいな水の証拠なんだよ」
「へえー」
たしかに、きれいな水だ。
「おっと」
「大丈夫ですか」
「うん、大丈夫大丈夫。メガネが落っこちそうになっただけさ」
ヤスオさんは眼鏡をかけ直して、
「じゃあ、行こうか。エツコが待ってる」
僕は彼の後をついていった。
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