自転車

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 「自転車、直ったんだ」 振り向くと、軒下にユキミくんが居た。 彼もやっと夏休みに入って、ずっと家にいる。 日差しが苦手なのか、外に出るのが億劫なのか、 どちらにせよ、 ずっと屋根の下にいて、日の光の下に出てくることはなかった。 彼の両親も、それは承知していることだった。 そんな彼が表に出てくるなんて。 きっと、がちゃがちゃと鳴る音が気になって出てきたんだろう。 ユキミくんとはまだあまり会話がなくて、 僕はまた緊張して言葉数が減ってしまう。 「うん」 「よかった。それ、本当は僕のなんだけど、 僕は全然乗れなくって。補助輪がないとすぐ転んじゃうんだ」 こういうとき、なんて言えばいいのかわからない。 僕にとってはもう、自転車に乗れないという感覚のほうが異常だ。 ずいぶんと前に克服してしまった苦手は、 自分でもびっくりするぐらい忘れてしまうものだった。 だから僕は軽率にも、 「じゃあ、今から練習しようよ」 なんて無神経なことを言ってしまえるんだ。 「無理だよ。怖い」 「大丈夫。意外と簡単だよ」 「そうかな」 「小学生でも乗れるんだから。君ならすぐにできるようになると思う」 「口だけなら誰でも言えるよ」 「それはそうだけど……」 「教えてくれるなら」 え、と僕は聞き返した。 「君が教えてくれるなら、乗るけれど」 「う、うん。もちろん。教えるよ。教えさせて」 ふふ、と彼は笑った。教えさせて、だって?  僕もだんだんと自分の発言が恥ずかしくなって、 それで笑ってごまかしたくなる。 だから僕たちは二人で笑って、 それが僕たちの関係の、記念すべき第一歩になった。
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