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僕の時間は一瞬止まった。スタンドが倒れて、
ユキオくんを乗せた自転車は走り出したのだ。
あと二メートルほどで坂道。
そこから先に何があるのかは、容易に想像できた。
「危ない!」
その最悪の未来を変えるために、僕は行動を起こす。
進んでいく自転車の、彼の後ろに飛び乗って、
そのハンドルを無理やり掴む。
予想通りに自転車は止まらず、坂道を下っていく。
ハンドルを握る。
ブレーキを握っても、まったく速度が落ちない。
耳をつんざくイヤな音、タイヤの擦れる音がどこまでも鳴り響いて、
このままじゃタイヤのゴムが擦り切れてしまうんじゃないかと不安になる。
けれど、離せばもっと危ない。
だから僕はもう止まることは諦めて、
なんとかこの自転車を、坂道を下りきるまで制御し続けることにした。
ユキミくんの肩越しに前を見る。
なびく彼の黒髪が目に入りそう。
夏の澄んだ空気が僕たちの後ろに流れていく。
「風とかけっこしてるみたい」
ユキミくんは楽しそうに言う。
僕は返事をする余裕がないから、適当にその言葉を流す。
それでも、彼が楽しんでいることが嬉しくなってきて、
もっと速くしてやろう、そう思ってブレーキを離してしまう。
いつのまにか僕たちは、風との競争を楽しんでいた。
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