一:恋の色(紺)

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一:恋の色(紺)

 出会いは一学年下の入学式当日だった。なにかの係や生徒会に属している生徒以外は基本的には休日となるこの日も、部活動は当たり前のようにある。ただ、入学式が終わる頃に学校へと向かえばいいから、通常に比べれば断然遅い登校だ。  その日はよくある漫画やドラマのようには桜は咲いていなくて、むしろほとんど散りつつあった。ほんのりとした陽の暖かさを感じながら、紺は散った桜の花びらをざりざりとスニーカーで蹴り上げて歩いていた。  と、ちょうど入学式が終わったのだろう。式典を終えた、どこか初々しくもそわそわとした雰囲気をまとった学生たちが列を成して体育館から出てくるのが視界の端に映った。真新しい制服は、なんだか自分のものよりも眩しく感じる。紺は自分が身につけたくたびれた制服がなんだかうしろめたいような気持ちになって、新入生の列から目をそらし、足早に部活棟へと足を動かそうとした。  けれど、できなかった。その足は自然とその場で止まってしまった。紺の視線は、すうっとひとりの新入生に吸い寄せられ、そして、目が離せなくなってしまったのだ。  男の中では背が低い。覗く首筋、袖から伸びる手筋は妙に華奢に見える。色素は薄い。陽の光を透かすと少しだけ茶色を帯びる髪は柔らかそうで、彼が歩くたびにふわふわと揺れ動く。その顔を見れば、まつげは影を生むほどに濃く長く、唇はぽってりと赤く色づいていた。たぶん、肌が白いが故に唇の赤みが強く見えるのだろう。 (ああ、)  紺は漠然と思う。一目惚れをしたのだ。そう自覚する。  性別などはもうすでに関係なかった。素直に認めるしかなかった。パズルのピースが気持ちよく合うように。歯車がカチリと噛み合うように。そんな表現が似つかわしく思えるほど、あまりにもすとんと、その感情は名を持って紺の中に落ちてきたのだ。これが、紺にとっての彼との出会いだった。  とはいえ、本当の意味での彼との出会い、つまり彼の目にも紺が映ったのは、そのひと月もあとのことだった。  「ひと月も」と言っても、それはもしかしたら、まだ時間はかかっていない方なのかもしれない。だって、そもそも紺が彼について知っている情報と言えば、その容姿と学年だけなのだ。ひとつ下の学年と関わることなど、少なくとも紺にはそうそうない。あるとするなら部活動だけれど、あのやけに色の白い男が、紺の所属する野球部に入部する可能性はあまりにも低いと思われた。そして実際、彼が野球部に顔を出すことはなかったのである。だからおそらく、ひと月で彼とまた出会えたのは奇跡に近い。ただ当の本人である紺にしてみれば、そのひと月という時間はあまりにも長かったのだけれど。  とにかくそんなふうにして、ひと月後、紺はようやくその男との出会いの日を迎えたのだった。
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