一:恋の色(紺)

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 それは部活動中でのことだった。その日、ふと、校庭に面した校舎に並ぶ窓が目に入った。いくつか窓が開いていて、素っ気ない白いカーテンが靡いているのがわかった。別になにを見つけたわけでもない。紺はぼうっとそれを眺めていた。  ただ、部活動中にぼうっとしていたのはよくなかった。  わあっと、慌てたような怒号が耳を刺し、紺ははっと我に返った。けれど、そのときにはもう遅かった。気がついたときには後頭部に強い衝撃が走っていて、その衝撃に口の中で歯ががちりと強く噛み合わさった。視界にちかちかと星が飛ぶ。どこか異様なほど冷静に、紺は後頭部に流れ弾が当たったということを理解した。それから、強い衝撃を受けると本当に視界に星が飛ぶんだな、などということをぼんやりと思った。  そうしてその衝撃に押されるがまま、重力に導かれるがままに、紺は地面へと顔面から倒れ込んだ。ぼやけた痛みとともに、意識が遠のいていくのをまるで他人事のように感じながら、紺はただただ目を閉じたのだった。  そうやって、運命は動き出した。  *  *  目を覚まして、まず気がついたのは鼻につく消毒液の匂いだった。紺はぼうっと天井を見上げたまま、手を小さく動かす。さらりとした布地に包まれているのがわかった。いつも近くに聞こえるはずの部活動に勤しむ声も、今は遠い。ここは、あまりにも静かだった。  紺がいたのは保健室だった。眠っていたベッドは白いカーテンに囲まれてひどく狭苦しく感じる。ゆっくりと上体を起こせば、ずきりと後頭部が痛んだ。触れてみれば、痛む部分はほんの少し膨らんでいるような気がした。 (今日は帰っても許されるな、きっと)  紺はそんなことを思いながら、とりあえず目を覚ました報告をしようと、ベッドに座ったままでカーテンへと手を伸ばし、勢いよくそれを開いた。  そのとき紺はようやっと、運命が動き出したことを知る。  息が止まった。ひくり、と唇が痙攣する。胸は潰れたように痛んだ。  彼が、いた。保健医がいつも座っている椅子には誰もいない。けれどその代わりに、それと向き合うように置かれた生徒用の丸椅子に彼は座っていた。そして、紺がカーテンを開く音に気がついたのだろう、その目はこちらを向いていた。紺の視線と彼の視線とが交わる。紺の喉は、妙な緊張にきゅうと変な音を立てた。それは紛うことなき、紺が一目惚れをした彼、その人だった。夕方に差しかかる前の太陽が眩しい。保健室の窓は開けられていて、彼のうしろで白いカーテンが大きく揺れている。それに誘われるように、彼の柔らかそうな髪もかすかに靡いている。長いまつげが戸惑うように震えた。ぽってりとした唇が、小さく、開く。 「あ、」  沈黙を恐れるように、掠れた声が彼の唇から落ちた。紺ははっとする。初めて彼の声を聞いた。彼は紺を見つめ、そして、紺に向かってなにか言葉を発しようとしている。紺はなんとも言えぬ多幸感に溺れながら、必死で緩みそうな顔を引き締め、今この瞬間を脳に焼きつけるように彼を見つめ返す。そして、彼の言葉に耳を傾けた。紺のそんな表情が、彼に緊張感と恐怖心を与えているとも知らず。 「あ、えっと、おはよう、ございます?」  と、震える声で、戸惑うように彼はそんなことを言いつつ、ぺこりと頭を下げた。それは高くもなく低くもない、なんとも耳に心地よい声だった。 「ええと、先生は、いないです。なんか、呼ばれたみたいで」  ぎこちない敬語がどこか幼い印象を与える。野球部という上下関係のある環境に身を置く紺にしてみれば、それはなんだか新鮮ですらあった。
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